問 幾日間預かったか。
答 入院するまでの間ですが日数は覚えません。
問 貞子はいつまで病院へ通ったか。
答 九月二十六日と思います。朝八時か九時頃病院へ行くと申して私方を出ました。
問 貞子は当時十六歳であったか。
答 そうでした。大きさは普通でした。病気に罹った為か少し痩ていました。
問 貞子のいなくなった日如何なる服装で出かけたか。
答 着物は判然しませぬが、帯は覚えて居ります。既ち帯の片側は黒の毛繻子にて片々はメリンス中形で、色は紫か濃い鼠か判然しません。帯の巾は男帯より少し広いので五、六寸位と思います。矢絣の単衣の着物であったかも知れません。
古我判事は中田かまを退廷させると、貞子が通っていた高町病院長高町氏を呼び入れた。判事は服装につき聞きたゞしている。
問 最後に貞子が証人方へ来た頃どんな服装を致して居ったか。
答 覚えて居りません。
問 証人は神楽坂警察署に於て頭蓋骨を見せられたか。
答 見せられました。顴骨《けんこつ》高くなく骨腫弱なると十五、六の女の頭蓋骨なることを認め、心の内で貞子の頭蓋骨も此位のものであろうと思いました。
古我判事は中
前へ
次へ
全430ページ中281ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング