は最初三百円と云い、後に二百円で承諾したる如く述べているが如何《どう》か。
 答 私は前申す如く最初の要求が二百円位であったろうと思います。古い事で慥《しか》と記憶ありません。
 問 証人は貞子に逢った事があるか。
 答 あります。多分定次郎が一度貞子を連れて私方に来ました。痩せた小さい女でした。
 貞子は背が高いとも云い、小柄とも云い、証人が各々まち/\の返答をしているのはどう云うものか、興味のある点だ。
 三月三十一日には証人として小林貞を預かって病院に通わしていた中田かまと云う老婆が喚ばれた。この辺りからボツ/\井戸から上った死体が果して貞子かどうかと云う事が判明して来る。
 問 証人は小林貞子とは如何なる知合であったか。
 答 大正元年中貞子が上京した時より知って居ります。其父は前に私方より学校へ通学し、その後弟定次郎方へ同居しましたが、キリスト教信者なので、互に往復し、貞子上京の事も知っています。
 問 証人は貞子より直接支倉の為め強姦されしや否やを聞かなかったか。
 答 病状として、病み歩行困難なる事を聞きましたけれども、支倉にどうされたかを貞子より直接聞きませんでした。

前へ 次へ
全430ページ中280ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング