事はありません。私は少しも後悔などはいたして居りません」
 支倉は妻の健気な一言に激しい衝動を受けて、身体をブル/\慄せた。彼の顔面には感激の情が充ち満ちていた。
「ほんとうにお前はそう思って呉れるのか」
「はい」
 妻の返辞は短かったが、犯すべからざる力が籠っていた。
「よく云って呉れた。お前のその一言はわしにどんなに心強く響く事であろう。わしは実に幸福だ」
 支倉は眼を活々と輝かして妻をじっと見つめていたが、やがてふと思いついたように、
「そうだ。お前も差向き何かと不自由であろう。今わしは八十円程金を持っている。署長さんの手許に保管してある筈だから、わしはそのうち二十円もあれば好い。残りの六十円はお前に遣るから好いようにして呉れ」
「いえ、いえ」
 静子はハンカチを眼に押し当てゝ、激しくかぶりを振りながら、
「その御心配は御無用です。私はお金など要りませぬ。あなたこそ御入用でしょう。どうぞそのまゝお持ち下さいまし」
「いゝや」
 支倉は妻が金などは要らぬと云うのを押し止めながら、
「わしにはもう金などは不要なのだ。そうだ、誠お前がいらないのなら、せめて死んだ貞の為に墓でも建てゝやっ
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