犯した罪については少しも疑念を挟んでいなかった彼は、こんな呪の手紙位にはビクともしなかった。それに彼の強い性格と溢れるような精力は、彼を過去の愚痴や甘い追憶などに浸る事を許さなかった。然し支倉の事件は彼の長い警察生活の中で重要な出来事の一つだった。捜査の苦心、証拠蒐集の不備の為の焦慮、当時の世論の囂々《ごう/\》たる毀誉褒貶《きよほうへん》の声、呪の手紙、そんなものが可成《かな》り彼を苦しめた。
 彼の眼前に宣教師支倉の獰猛《どうもう》な顔、彼が法廷で呶鳴った狂わしいような姿、彼の妻の訴えるような顔、さては証拠蒐集の為に三年前に埋葬された被害死体を発掘した時の物凄い場面などが、それからそれへと浮んで来た。

 それから二、三日経った或る夜、庄司氏の応接室で卓子《テーブル》を取り巻いて主客三人の男が坐っていた。髪の毛の薄い肥った男は探偵小説家だった。色白の下|顋《あご》の張った小柄な男は警視庁の石子《いしこ》巡査部長だった。
「石子君は当時刑事でね、支倉事件に最初に手をつけた人なんだ」
 庄司氏の顔は今宵支倉事件を心行くまゝに語る機会を得た事を喜ぶように輝いていた。
「初めは極《ご》く詰
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