ゝき》の音にも油断なく身構えると云う男であるから、もし少しでも怪しいと感じたら、逸早く逃げ出すに違いない。それに今日は殊更に浅田を連れて来ていない、と云うのは彼から何か合図でもされてはと云う懸念からであるが、それだけに浅田の姿が見えない事は支倉に疑念を起させ易い。それにもし彼が石子の姿でも認めれば大変である。彼が先に石子の姿を見出すか、石子の方で先に彼を見出すかそれで殆ど勝負は極るのである。尤も大勢の刑事達が網を張っているから、支倉の方でよし先に見つけて逃げ出しても、容易には逃げおおせまいが、それは第二として石子はどうしても第一番に彼を見出さねばならないのだ。支倉の秘密を発く端緒を握ったのも彼である。最初に支倉を逃がしたのも彼である。それ以来の日夜の苦心焦慮は実に惨憺たるものであった。今日逃がしてなるものか。石子刑事は全身の血を湧き立たせながら、定められた部署のない自由な身体をあちこちと歩き廻らせていた。

 午前十時は刻々に近づいて来た。
 いつの間にか露店の数が増えて参詣人の人々も次第に多くなり、境内は朝の静寂から漸く昼間の喧噪へと展開して行くようだった。
 今まで一塊になって日向
前へ 次へ
全430ページ中177ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング