奴だな」
 だが、いつまでも感心している訳にはいかない。
「渡辺君、僕はこのまゝ帰って、司法主任におめ/\と取逃がしましたとは報告出来ないよ」
 石子は悄気切って云った。
「僕だってそうだよ」
 渡辺は半ばは自分に云うように、半ばは石子を慰めるように云った。
「君と二人がゝりで逃がしましたとは云えないよ。第一僕の見はり方が悪かったんだから」
 二人は相談をした。そうして大島司法主任には彼が不在だったと報告して、二人で共力して遅くとも三日の中に彼を引き捕えてやろうと誓った。
 いかに大胆な彼でも白昼堂々と帰宅する事はあるまい。必ず深夜人知れず帰宅するに違いない。咄嗟《とっさ》の際だったから、彼に充分の用意がないから、今晩にも帰って来るかも知れぬ。石子、渡辺の両刑事は其夜人の寝静まった頃から支倉の家を見張る事にした。
 寒風に晒《さら》されながら冬の夜更けを、人知れず暗闇に佇んでいるのは決して楽な仕事ではなかった。両刑事は息も凍るような寒さに、互に励まし合いながら、徹宵一睡もしないで、猫の子一匹も見逃すまいと、支倉の家を睨んでいた。
 其夜は何事もなく明けた。次の夜も其次の夜も三晩と云うも
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