綻びかけていた。冷たく顔に当る風さえが、眼に見えない伸びようとする霊気を含んでいるようだった。
力なく/\帰署する石子の頭には、支倉の失踪を中心として起ったいろ/\の奇怪な事件が渦を捲いていた。
魔手
「奥さん、これですっかり手続はすみました」
浅田は落着き払って云った。
「どうもいろ/\有難うございました」
静子は丁寧に頭を下げた。
こゝは支倉の留守宅の離れ座敷である。基督《キリスト》受難の掛額や厚ぼったい金縁の聖書其他の調度がありし日の姿そのまゝに残っている。石子刑事が見たら感慨無量であろう。相対した男女の二人は支倉の妻の静子と写真師浅田である。
庭には午後の陽が暖かそうに一杯当っていた。
「之でこの家も高輪の借家の方もみんなあなたのものになった訳です」
浅田は生際の薄くなった額を撫で上げながら、気味の悪い笑いを洩らした。
「ほんとにお手数をかけました」
静子は格別嬉しそうにせず、
「何ともお礼の申上げようがありません」
浅田は要件が済んで終《しま》っても中々尻を上げようとせず、又新しい敷島に火を点けて、四辺《あたり》をジロ/\睨み廻してい
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