が、支倉が不機嫌に黙り込んで終ったので、看守は少し機嫌を直す積りで、
「之は態※[#二の字点、1−2−22]《わざ/\》注文したのかい」
「そうです。郷里の方へ注文してやったのです」
「いつ着るんだね」
「この次の公判の時からです」
 支倉は之からずっとこの白無垢で通す積りと見える。看守は逐一上役に報告した。
「何、公判の時に着るんだって」
 上役は馬鹿々々しいと云う風に、
「そんな事をされては困る。そいつはいけないと云って呉れ給え」
 看守は又支倉の所へやって来た。
「オイ、この着物は渡せないそうだ」
「何っ!」
 支倉は忽ち声を張り上げて真赤になった。

「大正の佐倉宗五郎」と大書した羽二重の白無垢、渡すことならないと云われて、支倉は激怒した。
「それはどう云う訳かっ!」
「どう云う訳と云う事もない」
 看守は支倉の怒号には馴れているから平気だ。
「こんな不穏な文字を書いたものを着て、公判廷に出す訳には行かぬ」
「何が不穏だ」
「不穏だから不穏だ」
「そ、そんなら何故前に云わぬ」
「馬鹿な事云え。前にそんな事が分るものか」
「だ、黙れ。き、貴様等は俺の出す手紙を一々検閲するではないか。俺の注文書を読まなかったか」
「成程」
「俺は事明細に認めて郷里の紺屋に注文したのだ。それを刑務所の役人は読んでいる筈だ。着て悪いものを注文すると思ったら、何故その時に注意せぬ」
「成程、之は一本参った」
「出来てから取上げるとは、みす/\俺の懐中を痛めるのではないか」
「うむ、お前の云う所は尤もだ。よし/\も一度聞いてやろう」
 気さくな看守で、彼は鳥渡支倉の説に共鳴したと見え、上役の所へ帰って来た。
「支倉は注文する時に止めないで、出来てから取上げるのは不都合だと呶鳴っていますが、どうしましょう」
「どうしましょうたって、これを許して着せる訳には行かん。成程、注文書に気がつかなかったのは我々の手落だが、気がついた所でまさか注文の時に干渉も出来なかったろう。何でも好い不許可にして終え」
「そうです。じゃ、そうしましょう」
 こんな事で折角支倉が楽しんでいた法廷の晴衣も結局着て出られない事になった。
 之は支倉が神聖なるべき公判をどう云う風に見ていたかと云う事が分る一つの面白い挿話だが、要するにあれもこれも彼が死刑から逃れようとする果敢《はか》ない※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》きなのだ。
 支倉は前に述べたように保釈願と云う事に全力を注いで、遮二無二許可になろうと企んだが、遂に事は成らなかった。そこで彼は次の公判にはどうでも犯罪事実を覆えすか、出来なければ例の怒号咆哮で公判を延ばそうと云う考えで、その一着として閲覧願と云うものを提出した。
「来る四月二日出廷の節、其場(公判準備室)に於て、
[#ここから1字下げ]
 大正六年押二八八号ノ四
 小林遠吉より小林定次郎宛、書信三通をどうぞ閲覧させて頂き度、此事前以て呉れ/″\も御願い申して置きます云々」
[#ここで字下げ終わり]
 一寸見て別に変哲もない願書だが、彼は此願書に例の細字で数百字認めた金沢市長宛の葉書の写しを添えて、三月二十四日から二十七日の間に前後四回、全く同文のものを提出している。この事は前に述べたが、彼の押の強いのには舌を巻かざるを得ぬ。
 かくて大正十三年四月二日更新第一回(恐らく震災の為に続行公判を打切り更新したものであろう)の公判が開かれる事となった。彼としては最後の努力を試みるべき所、彼は前記の閲覧願の外に、押収の書信数通の返還を乞うと共に、神戸牧師に宛て巨弾を一発放った。
「前略、僕は破壊主義の男ではない。トコギリ庄司の不正をさらけ出して庄司を免職させなければならんのだが、あなた方の出ように依っては頑張る者ではない。であれば免職するもせないも庄司の心一つにあるのである。アナタは大正六年三月十九日に神楽坂署長室に於て、保証人及尽力者として立って、私とどんな約束をして居るか、まさか忘れはせまい。君も牧師なんだから、牧師なら牧師らしく約束した事を実行するのはアタリマエではないか」


          最後の公判

 大震災に万物一様の破壊を受けて、再生の機会を与えられた更新第一回の公判は、支倉に取って千載の一遇、この機を逸しては好機再び到ろうとは思えない。彼はこゝに最後の努力を試みる事となった。
 獄に投ぜられてより数年冤罪を叫び通し、殊に最近二、三年は公判廷にあってすら咆哮し怒号し、審理の進行を極力妨害した。その有様の猛烈、凄惨を極めた事は当時目撃した人を尽く顫え上らしたものである。神戸牧師をして、
「彼は被告として公判廷に出《い》ずる度に猛烈な兇暴態度を示しながら、且つ其雄弁と剛腹とは全法廷を慴伏《しょうふく》していた」
 と嗟嘆《さたん》せし
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