を出した。自ら名乗る冤枉者喜平、只一度浮世の空気に触れて見たいと云う、悲惨な突きつめた彼の願も、彼自身の行状と、冷い法規の定むる所に従って、遂に許さるべくもなかったのだ。元より書類を隠した云々の事は根もない事だが、繰返し訴える彼の執拗さと根気は驚く外はない。
「閣下に之迄再三お目にかゝれましたが、其際に閣下は何時でも、『お前の記録としてのものは未だ少しも見ていない。又上願書としてのものも少しも読んでいない。でお前に罪があるか、罪がないかはまだ分らない。お前が云う如く庄司利喜太郎がお前を拷問にかけ、条件付で約束、一時書類を隠し捏造《ねつぞう》したものである、偽造したものであると云う事も何も分らない。で此手紙は出さす訳に行かない、お前の事件についてはこの土用休暇を利用して緩っくら調べて見ようと決心しとる。休み中によく調べて公明無私な裁判をしてやる気で居る……云々』との御言葉で御座いましたが、最早夙うに慰労休暇も過ぎ去り、次回の公判期日も今日明日に迫っとる事でありますれば、もう事件記録としてのものや、上願書というものやら御調べずみになり、庄司利喜太郎は喜平をアリとアラユル拷問に懸け、そして条件付で約し、高輪署から持出しとる其の当時の書類を始めとし、神戸、浅田其他の者から取上げとる多くの書類、その他東洋火災保険会社に永久保存とすべき重要書類を隠し偽造したものであると云う事がよくお分りの事と存じ上げます。
 それが確実にお分りになりますれば、
 一、警察が偽造したものについて、喜平は証拠湮滅とか、逃走すると云うような事は絶対にない。で、どうか特別の御詮議を以て、此際|責付《せきふ》なり保釈なりを御許可頂きたい。此の震災については妻子縁者がどうなっとる事か、其生死さえも分らず、旁※[#二の字点、1−2−22]尋ね合せそれ/″\整理をさせていたゞきたい。喜平は男です。喜平を知る人の為には一命を惜まないのです。で、どうぞ喜平を御見誤りなしに能く御了解下されて、速《すみやか》に保釈なり責付を御許可いたゞけますよう、御許可頂けましたら裁判所の御命令通りいたします。自分事件として疑われている事がスッカリきまりがつくまでは、身を能勢弁護士事務所内に置き、走り使いをして居って、いつ何時でも裁判所から御呼び出しある際には間違いなく即時出頭させていたゞきます。決して裁判所の威厳や警察の威信に係わるような事は毛頭|仕出来《しでか》さない。自分が出れば円満にみなが好いように解決を見る考えでいます。
 一、之までに仮令《たとい》誤判にあれ一審で死の宣告をされとるものが保釈や責付になった前例がない。又官房主事がアラユル書類を隠して偽造、罪ない者を無実の罪に陥れたと云う前例もない。又このたびの震災の如きも控訴院が設けられてからこのかた始めての事、かくも前例のない事でありますれば、よく御勘考の上、好き前例をこゝでお作り、名判官たるのその真価あらば、その真価を宜しく後にまで御発揮いたゞきたいのである」
 真に冤枉者として見れば彼の心事憐れむべきも、事実罪あるものとすると、何と虫の好い保釈願ではないか。

 もとよりこんな虫の好い保釈願が聞き届けられる訳はない。
 忽ち不許可となった。
 支倉は少しも屈しない。大正十二年も押詰った十二月十七日又々保釈願を出した。之は大分書き振りが不穏になっている。
「一、庄司利喜太郎は喜平を長の間神楽坂署に留置《とめお》き、そして長の間喜平をアラユル拷問に合せ、条件を持出し義兄弟になって」と云う書き出しで、例の書類の隠匿の事を相変らずクド/\と書き立てた保釈願を出した。翌日不許可になると、再び同文の、而も筆の運びから字配り、行割りから字と字の間まで寸分違わぬ、よくもかくまで同一に書けたものだと思われる願書を即日提出した。不許可になると又出す。とう/\暮の押し詰まった二十八日迄に四回矢継早に提出した。而もそれには極《きま》って細字に認めた参考書類がついている。それが又一言一句を違えず、文字通り判で押したように、そっくり同じである。根気の好いのには驚かざるを得ない。参考書類と云うのは、支倉が庄司氏の身許につき金沢市長に宛てた、頗る悪意のある愚劣極まるものである。引用する事は関係者を不快にさせるかも知れないが、こゝに一部を書抜いて、支倉がいかに庄司氏に対し悪辣を極めたかを証明する事にしよう。
 之は原文は細字で葉書に認めたものらしい、大正十一年頃の発信で、署名は相変らず東京未決監未決六年冤枉者支倉喜平、宛名は金沢市役所市長殿である。
 前半には例の書類隠匿事件も詳細に書き、後半には、
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「君(支倉を指す)は公判から出たらわし(庄司氏を指す)の兄のカナイの父親は、只今金沢新地で南楼と橘平《きっぺい》楼を名乗って芸妓屋と女郎屋
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