動作に就いては私は当時アナタにも定次郎氏にも詳しく話しもし、又書面にも詳しく認めて両方に上げてある筈ですから、是非一日も早く出して下さい」
神戸牧師が庄司署長から頼まれて、故意に三本の手紙を隠したと狂気のように喚いた支倉は、後にこの為に遂に神戸牧師を偽証罪で告訴をさえ試みたが、之は神戸牧師に取っては迷惑千万な事だった。元より彼は故意に隠したのでもなんでもなく、木藤大尉が手紙を借りに来た時につい手渡しする事を忘れたので、支倉の追究が余りに激しいので、後に神戸牧師も耐りかね家探しをして幸いに見つける事が出来たので、裁判所へ差出したが、遂に支倉の満足を得る事が出来なかった。
大正九年は五、六、七、八、九と五回の公判を重ねたが、いずれも既に調べた事実を反復する許りで、新しい事実としては警視庁の写真課の技手に貞子の写真から身長を算出せしめた位のことで暮れて終った。大正十年は僅かに一回の公判で終いとなり、年は明けて大正十一年となった。支倉は一審以来正に満五年間獄に繋がれているのだった。その間筆を呵して冤罪を訴え続け、呪の手紙を書き続けていた彼は哀れな人間と云わねばならぬ。
が、こゝに愈※[#二の字点、1−2−22]彼を悪化すべき事件が起った。
呪
[#ここから2字下げ]
「暑中御機嫌を伺う。
君は僕に犬牧師と言われても異議あるまい。異議ないと云う事は君の良心に問うて見れば直ぐ分る。君ア庄司利喜太郎から頼まれ、三本ばかり手紙持って来たて、この喜平は承知するものか、組んで世の中を余り胡魔化すなよ。君は神の前では愧《はず》かしくないか。ホントの牧師であったら慚死するのが正当ならん。私ア庄司利喜太郎が隠しとるものを悉皆出さんことには承知しませんぞ。
大正十一年八月八日
「庄司利喜太郎と心を協せ書類を皆隠して僕を苦しめるとは実に酷い。鬼か蛇か。心を協せ隠した書類を皆庄司から出させて下さい。
大正十一年九月二十日
「神戸さん、君庄司利喜太郎から頼まれて三本ばかり手紙を持って来たって、この喜平は承知するものか。君良心に恥じんか。庄司の隠しとるものを悉皆出させて下さい。出さん事にゃ承知せんぞ。
大正十一年九月二十三日
「秋季御機嫌を伺う。
(この分前掲暑中御機嫌を伺う。以下と全く同文)
大正十一年十月二十三日
「ニセ牧師
君方小刀細工やらずに、マトモに出ると、此後私ア唖子《おし》になって君方の名誉を保って上げるが、君方ア判官や検事を欺こうと謀っていろ/\ワルサをやるからワシは唖子になる事は出来ません。(以下前同文)
大正十一年十月二十五日
「前同文大正十一年十月二十七日」
[#ここで字下げ終わり]
僅に一ヵ月の間に神戸牧師の宅に飛び込んで来た支倉の呪のはがきは六本を算した。彼は苦笑いをしながら眺めるより仕方がなかった。
が越えて大正十二年一月元旦には支倉からこんな手紙が舞込んで来た。
[#ここから2字下げ]
「恭賀新年
庄司利喜太郎と心を協せ山々の書類を隠し、偽証、喜平を無実の罪に陥いれたる神戸氏の御健康をお祈りいたします。
書類を隠し偽証に出で無実の罪に陥いれられている未決七年
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]冤枉者 喜平」
このはがきを読んだ時には流石の神戸牧師も、彼の執拗な悪意に悲憤の涙を呑んだ。
が、何がかくまで支倉を悪化させたか。
彼は事実彼の主張する如く冤罪者だったか。もし果して然りとせば、云い解くに道なく、六年の長きに亙って、監獄に繋がれていれば世を呪い人を恨み、或いは嘆き或いは憤るのは蓋し当然である。よし事実犯せる罪であっても、六年の長きに亙って、冤罪を怒号し咆哮し続けているうちに、いつか彼は自分が無実であったかのように固く信ずるようになったかも知れぬ。加うるに彼の性質は既に拗《ねじ》け、剛腹《ごうふく》で執拗であるから、長き牢獄生活に次第に兇暴になったのは敢て不思議ではない。
然し俄然彼の態度に一変を加えたのは、彼の妻静子が彼から背き去った事であった。
読者諸君は支倉がいかに彼の妻子に対して愛着の念を持っていたかをよく知って居られるであろう。彼の愛は変態と云っても好い程、強い偏った愛だった。すべての囚人は妻子の事のみを案じ暮すと云う。況んや彼支倉の如きは只妻子を思うのみで、只管に死を逃れ、憎い神楽坂署長に恨みの一言を報いようと努力し続けたのである。
ある朝、此頃静子が次第に自分を訪れる事が疎《うと》くなって来たので不安を感じていた支倉は、能勢弁護士から彼女が仇男《あだしおとこ》を持った事を聞くと、みる/\憤怒の形相となり、ハッタと能勢氏を睨みつけた。流石の能勢氏もタジ/\とした。
妻の静子が彼に背き去った事を聞いた支倉の形相は実に物凄いものだった。彼の太やかな眉
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