達に対し、物凄い脅迫の手紙を毎日のように送った。それのみで倦き足りないで、各方面に向けて庄司署長の悪声を放った。監督官庁へは毎日庄司署長を免職させろと云うはがきが飛び込んだ。
当時の支倉の頭は針のように尖って、只いかにして罪を逃れんかと云う事に集中していた。元より愚物|所《どころ》ではない人並勝れて智恵の働く彼の事である。深夜人の寝静まった監房に輾転反側しながら、頭は益※[#二の字点、1−2−22]冴えかえり、種々画策する所があったに相違ない。
彼は古い記憶を新たにして、あれこれと反証の材料を脳裡に探るうちに、ふと往時神戸牧師に宛てた手紙を思い出した。此手紙のうちには貞の問題に関して、小林兄弟の行動を非難し、自己の立場が縷々として弁明してある筈、之があれば必ず有利な云い開きが出来ると考えた。そこで自分に深甚の同情を持って呉れる木藤救世軍士官に依頼して、首尾よくその手紙を手に入れる事が出来た。
彼は手紙を手渡された晩、ニヤリと気味の悪い会心の笑を漏らしながら、自分の認めた古手紙を一々調べて見た。が、読んで行くうちに、みる/\彼の微笑は消え、残念そうな表情が浮んで来た。手紙には予期したような有利な言葉を見出す事が出来なかったのだ。
彼は暫くハッタと薄暗い監房の片隅を睨んでいたが、やがて彼の非常な脳髄の冴えは、神戸牧師の寄越した手紙のうちに自分の書いた覚えのある三本の手紙が欠けている事を発見した。
彼は眼を大きく見張り、大きな息を弾ませながら、物凄い形相で呻り出した。
「うむ、隠したな」
こゝに欠けていたと云う三本の手紙は果して彼に取ってそんな有利なものだったろうか。それは疑わしいが、今全精力を挙げて罪を云い解こうとしている異常な念力で手紙の欠けている事を発見した彼には、釣り落した魚が大きく思えるように、いや今の彼はそんな悠長な比喩では現わせない、死か生かと云う之以上重大な事はないと思える事件に当っているのだから、欠けている三本の手紙がいかに大きく彼に響いたか、察するに余りがある。
「おのれ、神戸牧師! 庄司に頼まれて、俺に有利な三本の手紙を隠したなっ」
支倉は再び忌々しそうに叫んだ。
翌日、彼は直ちに筆を走らせて神戸牧師にはがきを出した。
「神戸さん、アナタは牧師なら庄司とグルになって、私をいじめないで下さい。私の手紙を隠さないで下さい。三本の手紙を早く出して下さい。でないと私はあなたを告訴します」
大正八年二月七日に第一回公判を開いた第二審控訴院の審理は、同年五月三十日に既に四回の公判を重ねたが、其時に能勢弁護人より、
「被告支倉喜平は先日以来本件事実の真相を記録いたして居りまして、上巻だけは既に脱稿いたし、中巻は近日脱稿いたす筈で、下巻の脱稿には尚一ヵ月を要する由でありますから、右記録が全部脱稿致します迄、公判の延期を願いたいのであります」
と云う要求があった。そこで公判はそのまゝ延期となり、九月二十七日には聖書会社が私訴の取下げをした事実があった限《き》りで、その年は暮れて終った。
大正九年二月二十日第五回公判に於て、能勢弁護士は支倉が獄中で細々と認めた記録上中下三巻六冊を参考書類として差出した。裁判長は列席判検事と一閲の上、追って熟読すべしと云って分厚の書類を請入れたが、之ぞ後に公判のある毎に支倉が風呂敷包みにして出廷の際肌身を離さなかったと云う大部の書類である。
裁判長はこの時威儀を正して、
「今差出した書冊に記録した事は真実の事で、且つ書洩らしはないかどうじゃ」
「はい、全部偽らざる記録であります。書洩らしもございません」
支倉は悪びれずに答えた。
支倉は一方裁判長にかくの如き浩瀚《こうかん》なる書類を出すと共に、一方庄司署長、神戸牧師に恨みの手紙を出す事は少しも怠らなかった。
その頃神戸牧師の受取った手紙にはこんな事が書いてあった。
「神戸さん、アナタは本統の牧師であったら嘘を言わんで下さい。嘘を言って私を此上困らすと、私は絶食して死んでアナタの子々孫々にかけてタタリますぞ」
「私はなんの為にサダを殺すか? よく考えて下さい。解決済みにならんサキなら尚お殺せんじゃないか。私やアナタにサダはまだ関係のある中になくなったものとしたら、サダの出るまで私やアナタに『サダを出して返せ』と云って要求さるゝではないか」
「神戸さん! 私は当時アナタの所に書き送っとる小林サダと私とのなした行為及高町の所に何時何日に薬価及び入院料を払ってある、強姦でないと云う事が明記されとる所の手紙を裁判所の方に出して下さい。それから自分は二十六日には朝何時に家を出て、何処其処に行って何用を弁じて、何時何十分頃に宅《うち》に帰っとると云う事が詳しく書いてある手紙を裁判所に出して下さい。二十六日に於ける朝から帰宅迄の行動
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