横顔を見せながら、問われるまゝにスラ/\と返辞する静子の哀れな姿を古我判事はじっと眺めていたが、やがて優しく云った。
「宜しい。今日は之だけにして置きます。では今の問答を読み聞かせます」
書記の読み上げるのをじっと聞いていた彼女は黙って頭を下げた。彼女は印形を持っていなかったので、調書には署名をした切りで、印を押す事が出来なかった。
「宜しい」
判事の許しの声に彼女はホッとして室を出て行った。
古我氏はじっとその後姿を見送っていたが、やがてはっと緊張しながら、待たせてあった証人小林定次郎を呼び入れた。定次郎は日に焼けた真黒な顔に場馴れのしない不安そうな顔でオズオズ這入って来た。
判事は彼に宣誓をさせた後、型の如く姓名年齢身分職業を問いたゞし、直ちに訊問に這入った。
定次郎の訊問は頗る平凡で、何等新奇な事はなかった。貞の死体の鑑定の事だけをこゝに掲げて置こう。
問 貞の体格は如何か。
答 年の割に丈高く中肉でした。
問 大正三年十月上大崎の古井戸より女の死体の出た事を承知か。
答 その当時は知りませんでした。
問 先頃其死体を埋葬地より掘り出し証人は見たか。
答 二度見ました。前の日のは間違えたもので、次の日の分を警察で見ました。布片の残りと骨を見せられました。
問 それは貞子の骨並に着用したる布類と思ったか。
答 私としては布類の方は全然知らず、骨については貞子が平素笑った時に鬼歯が両方一個宛目立って見えました。見せられた歯に鬼歯が一本ずつ出て居ますから同人の死体と思いました。
古我判事は息を継ぐ暇もなく翌三十日証人神戸牧師を訊問した。
神戸牧師は支倉の妻が自己の教会員だった関係から、支倉が神学校に這入る時の保証人となったのが彼との交渉の始めで、小林貞の事件には止むなく仲裁の労を取ったのだったが、それが元で彼の自白に立会う事になり、遂には予審廷に引出されて、不愉快な訊問を受けなければならぬ事となった。本事件解決の重大な鍵の一つはこの人が握っていたと云って好い位だったので、証人として数回法廷に立たねばならなかった。人に情をかけたのが、反って仇となって、詰らぬ目に遭ったと云う訳だ。
神戸氏は大きな口をきっとへの字に結んで、眉のあたりに不快な節の隆起を見せながら、古我判事の前に腰を下した。
問 証人は小林貞の父より交渉あった事を支倉に申し
前へ
次へ
全215ページ中139ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング