当時横浜市の聖書会社に勤め、聖書販売|旁※[#二の字点、1−2−22]《かた/″\》伝道の為め小坂鉱山に参り、教会にいました信者の世話で親が結婚の約束をしたのです。私は十九歳でした。
問 喜平が窃盗犯により入獄した事を聞いたか。
答 前科ある事は此度神楽坂警察署で初めて知りました。宗教家は間違いないものだと云う事を聞き夫婦になったのです、前科ある事を私に話ませんでした。
あゝ、何と哀れなる彼女ではないか。彼女は未だうら若い身を親の極めた夫に嫁して、夫が悪人と云う事は少しも知らずに貞節を尽していたのだった。彼女が神楽坂署で訊問を受けてから、夫の自白に立会うまでの振舞いは、真に夫を思い子を思うの情切で、鬼を欺く係官さえ涙ぐましたと云う。
問 現住所の古家に住み込み喜平は建増したか。
答 そうです。買った古家の造作を取換え且つ北側に只今も残っている貸家を建てました。千円許り要《い》ったそうで、古家に続けて一棟も建増したのです。
問 其建築の費用をどこから出したか。
答 聖書を売って儲けた金と、高輪で焼けて、保険会社より受取った金で建てたと思います。
古我判事は進んで前後三回罹災した火事の事情を詳細に訊問して一転して女中貞の事に這入り、徐に質問を進めて行った。
訊問は貞が行方不明になった事に及び、当日叔父の定次郎が支倉方に、貞の行方を尋ねに来た事に及んだ。
問 定次郎の来た月日時間は如何《いつ》か。
答 月日を覚えません。夕方でした。其時の話に今日病院へ行くとて貞子が出て帰らぬとの事でした。私は何時退院してどこに居たか知りませんでした。
問 其時喜平は在宅したか。
答 其時は居りませんでした。
問 当日喜平は何時に家を出て、何時に戻ったか。
答 朝八時か九時頃家を出て、貞子の叔父さんが去って後戻りました。支倉の戻ったのは夕飯後ですから、七時か八時頃であったと思います。
問 喜平は当日どこへ行ったとの話であったか。
答 平常黙って出るので尋ねませんから、どこへ行ったか存じません。
問 戻った時喜平の様子は変った所はなかったか。
答 別にありませんでした。
静子は知れるがまゝに、少しも悪びれず事実を申立てた。
夫に対して絶対服従していた彼女は夫の犯罪には、少しも干与していなかった。全く表面的な事実だけしか知らないのだった。
蒼ざめた
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