の真実の告白と見るべくして、毫も強制せられた虚偽の自白とは思わるべき節はなかったのである。この意味に於て、時の署長は固く彼の自白を信じたものと思う。
 然しながら後に彼が獄中に於てものした日記や、神戸牧師其他に訴えた手紙を読むと、言々血を吐く如く、鬼気迫って遂に読み下し得ないものがある。もし前後の事情を少しも知らずして、彼自身の訴える如く冤枉者《えんおうしゃ》であると信じるかも知れぬ。
 それらの事は後に詳説するとして、兎に角支倉喜平は、詐欺、窃盗、文書偽造、暴行、傷害、贈賄、放火、殺人、という八つの罪名の許に検事局に送られる事になった。

 支倉喜平は殺人放火以下八つの恐ろしい罪名で検事局に押送される事になった。
 こゝで一寸意外に感じるのは、庄司署長以下刑事連が支倉を自白させるに当って、繰返し罪の軽減を計ってやると云った言葉である。放火殺人暴行と並べると、その一つを犯してさえ重罪は免れないのだから、況んや未だその上に余罪を並べ立てられては、とても罪の軽減などは望まれぬ。署長も始めから支倉に情状酌量の余地があるとは思っていなかったかも知れない。では、署長は彼を欺いたのだろうか。
 然し、こんな問題で署長を責めるのは少し酷であろう。社会の安寧秩序を保つ上に於て、犯罪人を検挙して告発する職務にある以上、頑強な犯人や、反社会思想の顕著な者に対し、温情を以て諄々として説く事は必要であろうし、時にその途なしと考えながらも自白すれば重かるべき罪も軽くなるように説くのも蓋し止むを得ないであろう。但し、支倉を告発するに際して、洗いざらいにすべての罪を挙げて、八つまで罪名を附したのは稍遺憾の点がある。之は一つには支倉が極悪人であると云う心証を与える為でもあり、一つには警察署の方で不問に附しても、検事局或いは予審廷で犯罪事実が現われては何にもならぬのみならず、反って警察側の失策になる事を恐れたのであろうが、いずれにしても警察当局者が功名に逸《はや》ったと云う非難は或程度まで受けねばなるまい。
 支倉を検挙して恐るべき犯罪事実を自白せしめたのは、何と云っても警察当局者の一大成功である。而もそれは当時の署長が庄司利喜太郎氏であったればこそ始めて出来たのであると云っても過言ではあるまい。頑健なる巨躯、鉄の如き神経、不屈|不撓《ふとう》の意志、それらのものが完全に兇悪なる支倉を屈服せしめたの
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