がて又そわ/\と這入って来て、中の有様を見渡すと又出て行ったりした。そんな事が何となく物々しく感ぜられて、やがて起ろうとする事件を暗示して、異様な静けさが一座の人々に息苦しい緊張を与えるのだった。
 物狂わしい沈黙が数分間続いた。
 コツ/\と云う忍びやかな足音が聞えて来た。
 やがて扉がスーッと開いて、腰縄を打たれた支倉が悄然と這入って来た。石子と渡辺の二刑事が彼の背後に従っていた。
 彼は命ぜられるまゝに署長と神戸牧師の前にあった椅子に腰を下して、じっと頭を下げていた。
「支倉」
 署長は優しく呼びかけた。
「お前は日頃尊敬している神戸牧師に面会する事が出来て嬉しいであろう。何なりとも心置きなく話すが好い」
 署長の言葉と共に、神戸牧師は少し椅子を乗り出して、きっと支倉を見やった。
 この時の事を神戸牧師は回想してこう書いている。
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「小さい署長の部屋の中央に二脚の安楽椅子があった。庄司氏は其一つを、予は他の一つを占領していた。予の隣座に偶※[#二の字点、1−2−22]《たま/\》証人として来ていたウイリヤムソンと云う宣教師が坐っていた。机を隔てゝ支倉の細君静子も居た。やがて一人の刑事が室を出たり這入ったりした。其数分後に喜平は背後に打縄をつけられたまゝで、室内に這入って来た。無論二人の刑事は彼の背後に付添うていた。喜平が一脚の椅子に腰を下ろすと、庄司氏は我らを引合せて其多年の知友に面会さす好意を示した。予は第一に彼に云い聞かせたのである」
[#ここで字下げ終わり]
 神戸牧師はきっと支倉の顔に眼を注ぎながら諄々として説いた。
「君は今朝来僕に合す顔がないと心配しているそうだが、決してそんなことはない。聞けば君は愈※[#二の字点、1−2−22]従来の罪状を一切告白したそうだが、それは大変に好かった。最早数年来隠し切っていた罪を腹から出して終った以上、面目がないも何にもないではないか。却って今日は晴々した気持だろう。殊に基督教はかゝる場合に分る筈である。基督《キリスト》は罪ある者の為に来り罪ある者と共に死なれた。この同情の救主を頼りにする意味の分るのは今である。潔く信仰を以て検事局へ行き給え」
 ウイリヤムソンも続いて云った。
「キリストの十字架の両側にいた盗賊すらキリストに救われた。それを能く思って下さい」

 神戸《かんべ》、ウイリヤムソ
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