のであろう。
神戸牧師は既に諸君の知られる通り、その第一印象に於て支倉に好意を持つ事が出来なかった。小林貞の事件には止むを得ず仲裁の労を執ったが、支倉の宗教界に身を置くものに似合しからざる行為や、事件前後の彼の執った態度などには眉をひそめて、もはや支倉には関係したくないと云う気持は充分あったに相違ない。世を救い人を救う大事業に従事する宗教家は決してセンチメンタリズムに終始する事は出来ない、否、むしろ宗教家程卓絶した理性を必要とするのではあるまいか。こんな理窟を並べて読者諸君を退屈させては相すまん次第だが、こう云った事が後の事件にも多少関係があるので鳥渡《ちょっと》申述べて置く。
兎に角、神戸牧師が支倉の殊勝な自白の事を聞いて、徒に興奮せず、又頭から支倉を憫然と思って感傷的な気持に溺れても終わず、十分理性を働かしながら、渋々と云ったような態度で支倉の懺悔の場面に立会ったのは、彼の性格の一面が覗われると共に、他日支倉の断罪に当って、有力な素因を造ったのだった。
それにしても神戸牧師は気の毒であった。彼はこの僅々半時間の支倉との面会の為に、後年数年の長きに亙って、云うべからざる不快な眼に遭わなければならなかったのである。支倉に会う事の気が進まなかったのは、蓋し虫が知らしたのであろうか。
机を前にして署長は悠然と肘付椅子に腰を掛けていた。それと並んだも一つの肘付椅子に神戸牧師が席を占めていた。傍には証人として喚ばれていたウイリヤムソンと云う外国宣教師が、当惑そうに眉をひそめながら普通の椅子に腰をかけていた。それだけでこの狭い署長室はいくらも余地がなかった。
めっきり春めいて来た午後の陽はポカ/\と窓に当っていた。窓の外には僅かばかりの庭があって、ヒョロ/\と数本の庭木が立っていたが、枝から枝へとガサゴソと小鳥が飛んでいた。時折チヨ/\と鳴く声が室内へ洩れ聞えて来た。
三人は無言のまゝじっと控えていた。
やがて扉が開いて、面|窶《やつ》れのした支倉の妻の静子が刑事に附添われながら、蒼白い顔をうな垂れて這入って来た。彼女は室内に這入ると、そのまゝベタンと板の間の上へ坐って頭も得上《えあ》げず、作りつけた人形のようにじっとしていた。後れ毛が白い頸の上で微に戦《おのゝ》いていた。神戸牧師は意味もなくそんなものを見つめていた。
附添って来た刑事は直ぐ出て行ったが、や
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