て、暗然としてうなずきながら、
「それでは早速女房を呼んでやろう」
「それからお言葉に甘える次第でありますが、一度神戸牧師にお会わせ下さいますようお願いいたします。先生の前で心残りなく懺悔がいたしたいと存じます」
「宜しい」
署長は支倉の殊勝な依頼を快く承知した。
「直ぐ手続をとってやろう、それまでによく休息するが好い」
其夜は支倉は犯した罪をすっかり自白して終った気安さに、今までは罪を蔽い隠す不安と、責め問われる苦痛と、良心の苛責から、夜もおち/\夢を結ぶ事が出来なかったのを、今は心にかゝるものもなく、グッスリと熟睡したのだった。
翌日彼が起き出ると、直ちに入浴させられ、署長の好意で待ち構えていた床屋に、蓬々《ほう/\》と延びた髪をすっかり刈らせる事が出来た。彼はサッパリした気持になって、只管《ひたすら》に懺悔の時の来るのを待っていた。
この時に署長室では警察の召喚状を受取って不審に思いながら出頭した神戸牧師が、署長から支倉の数々の罪状を聞かされて、只あきれて驚いていたのだった。
「彼は昨夜すっかり自白したのです」
署長は静かに云った。
「それであなたの面前で懺悔がしたいと云っているのですが、会ってやって呉れませんか」
この時のことを回顧して神戸牧師はこう云っている。
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「――これが庄司氏の説明であった。
我らは其一々を聞いて驚いたのであった。前にも述べたように、当時までまさか支倉が貞子を隠す必要もないと思い込んで居たのであるから、此物語りは全く新聞中の新聞であったのである。しかしそう思えば、成程思い当る事もないではない、曩日《のうじつ》の彼の愚痴の繰り事や、其怨恨の情は歴然浮び出るのだった。其午後の事であった。署長庄司氏はいよ/\彼を検事局へ送るに就いては、一度面会して遣ってくれと頼むのであった。我れらは不承々々乍ら、それを承諾して其時間を待っていた」
[#ここで字下げ終わり]
読者諸君は神戸牧師の最後の一句、「不承々々ながら云々」と云う言葉に不審を起されるかも知れない。と云うのは牧師と云う者は罪を救うべき者で、ましてや平素師事されている支倉が懺悔がしたいと云うのだから、進んで聞いてやるべきではないか。
然し、私はこう思う。この不承々々と云う言葉は蓋し不用意のうちに書かれたので、何となく気が進まないと云う軽い気持を現わした
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