弁護したのであるから、流石の警察もすっかり一杯嵌められて終《しま》った。
第三回の放火は前にも増して、巧妙で且つ大胆不敵に行っている。これは品川署の管内であったが、彼は俗に立ン坊と称する浮浪人を一人傭い入れて、彼の家に火をつけさした。そうして、当夜は平然と妻と衾《しとね》を同じゅうし、枕を並べて熟睡していたのである。品川署もすっかり騙されて、支倉には一片の嫌疑さえかけなかった。
この時は半焼に止《とゞ》まったのだったが、支倉は品川署の署員に十円を贈って書類を胡麻化し、保険会社の外交員に三百円を与えて全焼と云う事に報告させて、巧に保険金の全額を受取った。重ね重ねの悪辣さには驚くの外はないのである。
貞に対する暴行、抑※[#二の字点、1−2−22]本事件を巻き起すに至った原因の聖書の窃盗なども、無論すっかり自白したのだった。
彼の不逞極まる罪状や、執拗な逃走振り、それに強情に拒否を続けた態度が態度だっただけ、一旦自白となると、スラ/\と澱《よど》みなく潔くすべてを打明けた態度には、署長始め掛員一同すっかり敬服して終った。
彼の長い自白が終ると、庄司署長はホッと重荷を下して、喜びの色に輝きながら云った。
「うむ、よく白状した。これでわしも職務を果す事が出来たし、お前もさぞかし気が晴々した事と思う。この上は神聖な裁判官の審きを受ける許りだ。犯した罪は悔い改めれば消えて終う。然しながら国の定めた掟によって罰は受けなければならない。その覚悟はあるだろうな」
「はい」
恰《まる》で打って変った人のように、打ち萎れて涙に咽んでいた支倉は漸く顔を挙げて、
「その覚悟はいたして居ります。誠に今まで長らく御手数をかけて相すみませんでした。あなたの之までの御心尽しには只感謝の外はありませぬ。後の所はくれ/″\も宜しくお願いいたします」
「うむ、それは云うまでもない事だ。では今の自白の聴取書を拵えるから栂印を押せよ。それから、之で当署の仕事は済んだのであるから、直ぐに検事局に送るのであるが、希望があるなら妻子に一度会わせてやろうがどうじゃ」
「有難うございます」
支倉は感激の色を浮べながら署長を仰ぎ見た。
「妻には一度会いたいと思いますが、子供には」
彼は口籠りながら、
「子供には会いたいと思いません」
「うむ、そうか」
既に父となっている署長は流石に親子恩愛の情を押し計っ
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