人自白の心理と云うとむずかしくなるが、どう云うものか犯人は出来るだけ偉い人の前で自白したがるものだと云う。こんな所にまで階級意識が働くのか、それとも少しでも正確に自白を伝えようと思うのか、兎に角面白い心理である。
 根岸刑事は支倉が署長の前で告白がしたいと云った時に、元より経験の深い彼であるから、それを不快と思う所か、心中大いに喜んで、早速署長にその事を伝えたのである。
 署長は雀躍せんばかりに喜んで、取るものも取敢ず駆けつけて来た。
 既に覚悟を極めた支倉はこゝで悪びれもせず、逐一彼の犯した罪過を白状した。
 彼の恐ろしい罪悪の内容は之を脚色すると、正に一篇の小説になるのであるが、今は先を急ぐがまゝに、只彼の自白に従って有のまゝを記して置くに止《とゞ》める。

 大正二年の秋、空高く晴れ渡った朝であった。支倉の為に忌わしい病気を感染された小林貞は、恥かしい思いをしながら伊皿子《いさらご》の某病院で治療を受け、トボ/\と家路に向ったが、彼女はふと道端に佇んでいた男を見ると、
「おや」
 と云って立止まった。
 そこには支倉喜平がニコ/\しながら仔んでいたのだった。
「貞や、わしはさっきからお前を待っていたのだがね」
 支倉は驚いている彼女の顔を眺めながら、
「お前の病気が早くよくなるように、もっと好いお医者の所へ連れてってやろうと思っているのだが、一緒にお出《い》で」
 貞と云う娘は既に度々云った通り当時僅に十六歳、それに温柔な物をはっきり云い切る事の出来ない、見ようによっては愚図とも云える内気な娘だったから、旧主の支倉の云う事ではあるし、恐ろしい企みがあるなどと云う事は少しも知らないから、いやだと振り切る事が出来ず、無言で支倉に従ったのだった。
 支倉は先ず彼女を安心させる為に、赤坂の順天堂病院へ彼女を連れ込んだ。然し、診察を受けさすと云う意志のない彼は、貞をゴタ/\した待合室に暫く待たせて置いた揚句、今日は病院の都合が悪いからと云って、再び外に連れ出した。それから彼は少女を新宿に伴った。新宿で彼は貞と共に或る活動写真館に這入り、時の移るのを待ったのだった。恐ろしい魔の手が背後に寄って、刻々に死の淵に導いている事を夢にも知らず、ラヴシーンの映画を子供心に嬉々として眺めていたとは、何たる運命の皮肉であろうか。
 活動小屋を出た頃には暮れ易い秋の日に、あたりは薄暗くな
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