支倉喜平は神楽坂署に捕われてから、昼夜責め問われても、只知らぬ存ぜぬの一点張りだったが、訊問こゝに一週|日《じつ》、彼は始めて貞の行方について口を開いたのだった。庄司署長も根岸刑事も飛び立つ思いであるが、さあらぬ体で、この先の返答をじっと待った。
「申訳ありません。売飛ばしました」
 支倉は深刻な表情を浮べながら答えた。
「なに、売飛ばした」
 署長は鸚鵡返しに云って、
「どこへ売飛ばした」
「上海《シャンハイ》です」
「何、上海?」
「はい」
「うん、そうか。然し、お前が直接|上海《シャンハイ》へ売渡す事はあるまい。誰かの手を経たのだろうが、それはどこの何者か」
「それは忘れました」
「なに、忘れた。そんな筈はない、思い出して見よ」
「何しろ三年も前の事だからすっかり忘れて終いました」
「そんな馬鹿な事があるものか。人並外れて記憶の好いお前が、そんな大事件を忘れて終う筈がない。云い出したからにはハッキリ云ったら好いだろう」
「どうも思い出せません」
 彼は再び以前の支倉に戻って、何を聞かれても、それから先は知らぬ存ぜぬと云い張り出した。
 然し凱歌はもう警察側に上っていた。一言も口を開かぬ時なら格別、仮令片言隻語でも犯した罪に関する事を喋ったら、もうしめたものである。それからは追求又追求して前後矛盾した所を突込んで行けば、いかな犯人でも尻尾を押えられるに極っている。
「おい、支倉」
 根岸は奥の手を出した。
「上海《シャンハイ》へ売飛ばしたとだけでは分らないじゃないか。一旦立派に白状しようと決心した以上、手数をかけないで云って終え」


          自白

 署長以下刑事達に入り代り責め問われて、今は口を開かぬ訳に行かなくなり、貞を上海《シャンハイ》に売飛ばしたと答えたが、それからそれへと追求急で、署長の手から石子、渡辺両刑事の手に渡される時分には、彼の答弁はしどろもどろで、辻棲の合わぬ事|夥《おびたゞ》しく、次第に上海へ売飛ばしたと云うのが怪しくなって来た。
 最後に再び根岸の訊問となって急所々々を突込まれ、揚句例の如く諄々として、一時も早く自白して、署長の慈悲に縋るが好いと説かれた時に、彼は非常に感激したらしく、両手をついてうな垂れた。
「恐れ入りました。もう包み隠しは致しません。すっかり白状いたします。どうぞ署長さんの前に連れて行って下さい」
 犯
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