之は要するに妻子を枷にして諄々と説かれた為ではないかと思う。とすると後の事に関係があるから、最後の署長の取調べだけは省略する事が出来ない。
「支倉、お前も大概にして覚悟を極めたらどうか」
 支倉の所謂「十二時の鐘がボーンと鳴ると現われて来る」署長は賺《すか》すように云った。
「お前は妻子が可愛くないのか。僕にも子供があるから子の可愛いことはよく分るが、お前だってもいつまでも妻子を苦しめて置く気はあるまい。お前の自白が長引けば長引く程、妻子は余計な心配をする訳ではないか。こゝの所をよく考えて見るが好い」

「妻子に余計な苦労をかけるのはお前の本意じゃあるまい」
 署長の説諭は諄々として続く。
「僕はお前に身に覚えのない事を白状せよとは云っていない。覚えのある事は結局自白しなければならぬのだから、早い程好いと云っているのだよ。お前は後の事を心配しているのだろうが、立派にあゝやって家作もあるのだし、僕も出来るだけの事はする積りだから、妻子の事は少しも心配がないと思う。いつまでも頑張って辛い訊問を受けるより、男らしく白状して終ったら好いじゃないか」
「ねえ、支倉君」
 根岸刑事は署長の後を継いで云った。
「もう大抵分って呉れたろうと思う。いつも云う通り君の方でさえ素直に自白して呉れたら、我々は出来るだけ君の為を計る積りだ。署長さんもあゝ云う風に妻子の事は心配しなくても好いと引受けて下さるのだから、この上我々に迷惑をかけて、徒《いたずら》に自分の不利益を計るより、綺麗さっぱりと白状して終おうじゃないか」
 佐藤司法主任や根岸刑事は、ジリ/\と恩愛を枷に搦手《からめて》から攻める。一方では石子、渡辺両刑事が真向から呶鳴りつける。その合間々々には精力絶倫の庄司署長が倦まず撓まず訊問をする。一旦云わぬと決心したら金輪際口を開かぬと云う流石強情な支倉も、こゝに至っては全く弱り果てゝ終った。かてゝ加えて妻子の事も気に掛る。
 仮令《たとえ》一寸|逃《にげ》ても何とか口を開かねば、只知らぬ存ぜぬでは、突張れない羽目となって来た。その機微を察した署長はどうしてそれを見逃そうぞ。
「さあ、真直に云うが好い。小林貞は一体どこへやったのだ」
「誠にお手数をかけました」
 支倉は頭を下げながら、
「貞はいかにも私が誘拐したのです」
「うむ」
 署長は大きく眼を見張って、
「誘拐してどうした」

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