た。
「隠した覚えがないから考えつく訳がないです」
流石に支倉も対手が署長であるだけ、幾分言葉遣いも丁寧である。
「隠した覚えがないと云っても、そりゃいかんよ。君があの女の為に金を強請《ゆす》られるようになって、うるさがっていたと云う事は蔽うべからざる事実じゃからね。じゃ君はあの女はどうして行方不明になったと思うのだね」
「そんな事はよく分りませんが、多分叔父の定次郎がどうかしたんじゃないでしょうか」
「どうかしたとは?」
「どっかへ売飛ばしでもしたんでしょう」
「ハヽヽヽ、君は妙な事を云うね。あの定次郎と云う男は女の為に好い金の蔓にありつけた訳じゃないかね。折角の金の蔓をまさか端《は》した金で売飛ばしもしまいじゃないか。それよりも君こそあの女は邪魔者だ。病院の帰りに誘拐してどこかへ売飛ばしたのだろう」
「決してそんな事はありません」
「よく考えて御覧」
署長はじっと支倉を見詰ながら、
「君は知っている事をすっかり話して終《しま》わないうちはこゝは出られないよ。ね、聖書を盗んだ事はもう証拠歴然として動かす事は出来ないのだ。それだけで君は検事局に送られ、起訴になるに極《きま》っている。それでだね、潔《いさぎよ》く外の事も云って終ったらどうだね。いずれ予審判事が見逃す気遣いはなし、今こゝで白状した方が余程男らしいがね」
「犯した罪なら白状しますが、知らぬ事は申せません」
支倉は荒々しく答えた。
「ふん、それがいけないのだ」
署長は調子を稍強めた。
「君が知らない筈がないからね、君がそうやって頑張っているうちは、罪もない細君まで共々厳重に調べられるのだ。君が口を開かなければ細君の口を開かすより仕方がないからね」
「家内は何にも知りません」
支倉は叫んだ。
「君は今家内は何にも知らないと云ったね」
署長は念を押すように云いながら、
「そうかも知れない。然し家内は知らないと云ったね。家内は知らないと云う位だから君は無論知っている事があるのだね、早くそれを云い給え。細君はすぐ家に帰すから」
「――――」
支倉はきっと唇を結んで、物凄い表情をした。こうなったら彼は容易なことで口をひらかないのだ。
「おい、黙っていちゃ分らないじゃないか。早く本当の事を云って、こんなうるさい訊問を二度と受けない様にしたらどうだ。一時も早く裁判に廻って、潔く服罪した方が好いじゃないか。僕
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