辺刑事は怒号した。
「之は貴様の可愛がった女の髑髏だ。さあよく見ろ」
 渡辺刑事は髑髏をピタリと支倉の顔に押しつけた。
 支倉が何事か叫ぼうとすると、部屋の入口がガラリと開いて、ぬっと這入って来た人がある。
 それは庄司署長だった。
 署長は柔道で鍛え上げたガッシリとした長身をノッシ/\と運びながら、喜怒哀楽を色に現わさないと云う不得要領なボーッとした風で、何気なく刑事達に声をかけた。
「おい、どうしたい。未だ片はつかんのか」
「はい」
 石子は固くなりながら、
「未だ自白いたしません」
「そうか」
 彼は軽くうなずいたが、支倉の方を向いて、
「おい、君、未だ片がつかんそうじゃね」
 夜はもう余程更けている。花には未だ早いが折柄の春であり、宵のうちには一段の賑いを見せていた神楽坂の通りも、今は夜店もチラホラと通る人も稀であろう。風こそ吹かね、底冷えのする寒さは森々として身に染みる。火の気のない冷たい部屋で長時間続行訊問せられる支倉は身から出た錆とは云いながら憐である。
「おい、君、早く本当の事を云って終《しま》ったらどうだね」
 署長は黙っている支倉に促すように云った。
 支倉はじっと自分よりは七つ八つ若いと思われる署長を見上げた。

 後に支倉が獄中で書いた日記を見ると、この神楽坂署の取調を想起して、
「十二時の鐘がゴーンと鳴ると、署長が亡者を責む地獄の鬼のように、ノッソリと現われる」
 と書いてあった。
 この事について神楽坂署が裁判所へ出した報告には、
「取調の都合上時に夜に到るまで訊問を続行し、十時過ぎに至れる事あり」
 とあった。そのいずれが正しいか知る由もないが、兎に角、時の神楽坂署では夜遅くまで訊問を続行した事はあったらしい。支倉が、
「十二時の鐘がゴーンと鳴ると」
 云々と書いたのは多少修辞上の言葉で、必ずしも署長が鐘の音を合図に現われたものではないと思われる。支倉が果して殺人罪を犯していたかどうか。それは神聖なる裁判に待つよりないが、彼が他に悪事を働いている事は疑う余地がない。傲慢な彼に対して取調べが峻厳を極めたのも止むを得ないであろう。
 さて、署長の訊問振りはいかに。

「おい君、貞ちゅう女はどこに隠したんだ。未だ考えがつかんかね」
 庄司署長は、赤味のある丸顔に強度の近眼鏡の下から割に小さい眼をしばたゝかせながら、迫らず焦らず悠然と訊問を始め
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