抗をし続けていると結局君の損なんだよ」
「反抗している訳では毛頭ない」
根岸の縷々として尽きない言葉に、支倉は少し面を和げながら答えた。
「然し知らない事は返事が出来ないし、あまり威丈高になって聞かれると、勢い僕の方でも黙って引込んで居られないと云う訳だ」
「成程、君の云う事は尤だ。然し我々は君が知らない筈がないと思うのだがね」
「それは意見の相違で、つまり水かけ論さ」
「そうすると君は高輪の火事の時に半焼になったが、保険の勧誘員に金をやって全焼の扱いにして貰った事も否定するのだね」
「勧誘員に金はやったよ。然しそれは単なる謝礼の意味で、半焼を全焼にして貰った覚えなどはない」
「あの火事の晩に、君は俗に立ン坊と云う浮浪人に金を出して雇っているが、あれは何の為だったのだね」
「何の為でもない」
ふと口を滑らした支倉はあわてゝ続けた。
「いやそんな者を雇った覚えはない」
「ふん、ではそれはそうとして、君は小林貞の叔父の定次郎には度々脅迫されて、弱ったろうね」
「あいつは実に悪い奴だ」
支倉は口惜しそうに、
「あいつには随分ひどい目に会わされた」
「ふん、それで君が小林貞を病院から帰る途中で連れ出したのは何時《いつ》頃だったかね」
「そんな事は知らぬ」
支倉は中々根岸刑事の手に乗らない。春日遅々と云うけれども、根岸の念の入った取調べにいつか日はトップリと暮れて終《しま》った。
「根岸君」
じっと聞いていた主任は、苦しそうな表情を浮べながら、
「どうもいけない、頭がフラ/\する。僕は休息したいから、後を又石子達に頼む事としよう」
そう云いながら主任は力なげに出て行った。やがて、石子と渡辺が荒々しく這入って来た。
「おい、支倉」
石子はいきなり呼びかけた。
「未だ白状しないのか。往生際の悪い奴だ」
「いつまでも強情を張ると痛い目を見せるぞ」
渡辺は呶鳴った。
「支倉君」
根岸刑事が云った。
「この二人は若いから、ほんとに君をどんな目に遭わすか知れないよ。そんな詰らぬ目に遭ってから云うよりは、今云った方が好くないか。どうせ云わねばならぬ事だから、その方が得と云うものだぜ」
「得だろうが損だろうが、少しも知らぬ事は云えぬ」
夜は次第に濃くなって行く。ガランとした刑事部屋の真中に坐らせられた支倉の頭上には、高く薄暗い電燈が只一つ灯《つ》いているきりで、凹んだ眼、
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