古井戸と云った時にさっと顔色を変えた支倉は、忽ち元の素知らぬ顔に戻って嘲るように云った。
「貞の行方が分っていれば好いじゃありませんか。今まで何だって私に訊ねたのです」
「何っ、貴様は本官を愚弄するかっ」
 大島主任は憤怒の極に達したが、もう次の言葉を発する事が出来ずフラ/\と倒れようとした。
「あっ、どうしました。お気を確に」
 根岸は驚いて主任を抱き止めた。
「な、なに、大丈夫だ」
 主任は血の気の失せた唇を噛みしめながら云った。
「まあ、お休みなさい」
 根岸は主任を無理に押とめて、支倉に向って云った。
「ねえ、支倉君、世話を焼かすじゃないか。司法主任を怒らしても仕方がないじゃないか。知ってるだけの事は素直に話した方が好いと僕は思うね」
「知らないから仕方がない」
 支倉は相変らずぶっきら棒ながら、いくらか優しく答えた。
 嫌疑者訊問法について或る著述を読んで見ると、第一に嫌疑者を脅かさない事、嫌疑者に対して立腹しない事、嫌疑の内容を知らしめない事などが挙げてある。今支倉喜平を訊問している警吏は主任始めいずれも経験に富んだ其道の豪の者揃いであるから、これしきの事を知らない筈がない。無論彼等は始めは定石通り訊問をしたのだが、元来支倉が一筋縄で行く人間ではないのだから、生優しい手段は尽《こと/″\》く効を奏せず、いら/\して来た彼等は今は殆ど頭ごなしに押えつけて白状させようとしている。
 流石老巧の根岸刑事は未だいくらか余裕があって、ジリ/\押しに調べようとする。支倉がガミ/\云われ通した後だから、いくらか動かされた。

「ねえ、君」
 根岸刑事は鋭い眼を薄気味悪く光らしながら、ジリ/\訊問を進める。
「我々は既に度々云う通り、証拠のない事を云っているのじゃないのだ。然し、今は証拠があるとかないとか云う事を超越して、直接君の良心に訴えたい。君も仮りにも宗教的な仕事をしていたのだろう。侮い改めよと人に云って聞かした事もある筈だ。ねえ、君が何か悪いと思う事をしていたら、此際すっかり云って貰おうじゃないか。我々の職務は決して犯人に不利益な事のみを捜し出すのじゃない。利益になる事も充分探り出して、意見書を添えて検事局へ送るのだよ。君が素直に自白さえすれば、我々は少しも君を憎んでいやしない、署長によく頼んで罪が軽くなるように計って貰おう。僕の云う事に偽りはない。君のように反
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