力なげにうな垂れた。
 息苦しいような沈黙が続いた。沈丁花の香が主客の鼻孔に忍込んでこの場を一層重苦しくするのだった。
 支倉は再びきっと顔を上げた。
「先生」
 彼は苦しそうに叫んだ。
「どうぞ笑って下さい。責めて下さい。支倉は哀れな人間です」
「どうしたのですか」
 神戸氏は気の毒そうに彼を見た。
「話して御覧なさい」
「先生、私は卑しい人間です。私は弱い人間です」
 口早にそう云い切った支倉は暫く息をついていたが、やがて悲痛な顔をしながら、
「先生、私の鼻を見て下さい」
 神戸牧師は彼の真黒ないかつい顔の真中についている巨大な鼻をじっと見た。牧師は真面目に彼の鼻を観察した。
 彼の真剣さは牧師に微笑だにさせる余裕を与えなかったのである。
「先生、私は性慾が旺盛なのです。私のこの大きな鼻がそれを証明しているのです」
 神戸氏は別に返答を与えないでじっと気の毒な彼の興奮している顔をうち守った。
「先生、どうぞ懲らして下さい。許して下さい。そうして救って下さい」
 支倉は殆ど泣かん許りに掻口説《かきくど》いた。
 お茶を運んで来た夫人はさっきから襖の外に佇んでいた。

「そう興奮しないで静かに話して下さい」
 神戸牧師は宥めるように支倉に云った。
「先生、私は大変な罪を犯したのです。汚れた罪なのです」
「どんな汚れた罪でも償えない筈はありません。話して御覧なさい」
「先生、私は女を犯したのです。無垢の少女を。私は前に云った通り性慾の醜い奴隷なのです。実は一月許り前に妻が郷里の秋田へ帰りました。その留守の閨《ねや》淋しさに私は女中の貞に挑みかゝり、とう/\暴力を以て獣慾を遂げて終ったのです」
 支倉は云い悪くそうにポツリ/\と口を切りながら、漸く自分の罪を云い終ると、じっと顔を伏せた。
 神戸氏は支倉の意外な告白に些か驚きながら、
「それは飛んだ事をしましたね」
「私の罪はそれだけではありません」
 やがて支倉は顔を上げて、情けなさそうに云った。
「私は女に忌わしい病気をうつして終ったのです」
「え、え」
 泰然として聞いていた牧師も余りの事に思わず声を上げた。彼はそんな忌わしい病気に犯されているのだろうか。これが仮りにも宗教界に身を置くものゝ所業だったのであろうか。
「何とも申上げようがありません。お目にかゝってこんな恥かしい事をお話しなければならない私をお憐み下さ
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