なり署長なりから召喚があれば私はその人達の面前で申述べる事にしましょう。他人の迷惑になるかも知れない事を不用意のうちに喋るのは嫌ですから」
「では何ですか」
 石子は元気よく云った。
「署長の前でならお話し下さいますか」
「えゝ、もしそれが必要だと云うならそうしましょう」
「有難うございます」
 石子は頭を下げた。
「ではご迷惑でもそう願いましょう。帰署いたしまして、早速手続きをいたします」
 石子刑事は直接神戸牧師から支倉の事に関する有力な手懸りを得られなかったのは残念だったけれども、牧師自身が警察の呼び出しに応じて、署長の面前で話しても好いと云った言葉で稍勢いを得て神楽坂署に引上げた。

 石子が帰署したのはもう夕方近くだった。
 刑事部屋では支倉の妻静子の訊問が始まっていた。
 彼女は地味なお召の着物に黒っぽい紋つきの羽織を重ね、キチンと膝を揃えてじっとうな垂れながら刑事の不遠慮な鋭い質問に、只微にハイとかイーエとか答えるだけだった。時々血の気の失せた蒼白い顔を上げて、長い睫の下から怨ずるような、憤るような眼を刑事達に投げかけていた。
 静子の訊問はこの日を皮切りとして三日間続いた。警察当局者の考えでは支倉の犯した数々の罪、前後三回に亘る放火だとか、女中小林貞の殺害など必ず静子が知っているものと信じていたのだった。この女の口を開けさえすれば片が附くと云う考えだったから、この取調べは可成峻厳に行われたのである。
 支倉の訊問は彼の妻の訊問と平行して行われたのだったが、知らぬ存ぜぬ一点張りで押通した彼も、この妻の訊問には可成苦しんだものらしい。彼が後に自ら大正の佐倉宗五郎なりと気狂いじみた事を云い出したのも、或はこの時の事を指しているのかと思われる。
 彼女の訊問は前に云った通り三日続いた。然し、彼女はよくそれに堪えた。彼女は相当教養もあり、支倉も彼女に対しては十分尊敬を払っているようであり、夫婦仲も好いと思われるのだから、大抵の事は支倉も打明けるだろうし、打明けないまでも或程度まで察しがつくだろうし、どうでも支倉のやった事を知っているに違いないと云うので、刑事達は交る/″\厳重に彼女を責め立てたのだった。が、事実は彼等の予期に反して、彼女の口からは何事も聞く事が出来なかった。どうせ夫の大事を軽々しく喋る女ではないと云う見込ではあったけれども、こうまでしても口を開
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