持っていたとか云うが――」
「毒薬は無論第一に取上げました」
「では、急病でも起したと見える」
 主任は飛んで来た刑事を振り向いて、
「直ぐ医者を呼んで呉れ給え」
「承知しました」
 刑事が出て行くと、主任はすっくと立上った。
「おい、見に行こう」
 一同がうち連れて独房の前に立つと、薄暗い不潔な箱の中で、支倉が顔蒼ざめて手足をバタバタさせながら呻吟していた。

「どうしたのか」
 大島主任は独房の中を覗きながら声をかけた。
「うーむ」
 支倉は然し答えようともしないで唸り続けていた。
 石子刑事は檻の中に這入って、支倉を抱き起したが、彼は蒼い顔をして苦悶をしているだけで、吐血した模様もない。
「どうしたんだ」
 石子は呶鳴った。
「うーむ、苦しい、俺は死ぬんだ」
 支倉は喘ぎながら答えた。
 所へ急報によって警察医が駆けつけて来た。
 小柄な老医は支倉の脈をじっと握っていたが、
「どうしたんだね、腹でも痛いのかね」
 と優しく聞いた。
「えゝ」
 支倉はグッタリしながら答えた。
「そうか、抛っときゃ治るよ。大した事じゃない。何か悪いものを食べたのか」
「えゝ、呑んだのです」
「呑んだ?」
 医師は驚きながら、
「何を呑んだのだね」
「銅貨を呑んだのです。僕は、僕は死ぬ積りなのだ」
「何、銅貨を呑んだ」
 石子は叫んだ。
「どこにそんなものを隠していたのだ」
 支倉は苦しそうにグッタリしたまゝに答えない。石子は心配そうに医師に聞いた。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫です」
 医師はうなずいた。
「銅貨を呑んだって死にゃしません。脈も確ですし、心配はありません」
「そうですか」
 石子は安心したように、
「いやに世話を焼かせる奴だ。ちょっいつの間にか銅貨をくすねていやがる。未だ何か隠しているんだろう」
 こう云って石子は腹立たしそうに支倉を揺ぶるようにして厳重に懐中や袂を探り初めた。
「痛い、ひどい事をするなっ」
 支倉は喚いた。
「何か薬をやって頂けますか」
 主任は支倉を尻目にかけながら医師に聞いた。
「えゝ、健胃剤でもやりましょう」
「ほんとうに大丈夫ですか」
「えゝ、大丈夫ですよ」
「おい、支倉」
 主任は支倉の方を振り向くと大音声に叱りつけた。
「詰らぬ真似をするな。そんな馬鹿な事をして訊問を遅らそうとしたって駄目だぞ」
 支倉は主任の罵声を聞くと、ジロリと
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