当時警察の権限ではいかに濃厚な嫌疑者でも、訊問の為に身柄を拘留すると云う事は出来なかった。で、警察ではそういう嫌疑者に好い加減な罪名をつけて拘留するのが通例だった。
 支倉の場合には殆ど理由に困って、交通妨害などゝ云う罪を附したのだが、之は全く窮余の策で、いわば人権蹂躙である。然し、嫌疑者に一々帰宅を許していては、逃走なり証拠湮滅なりの恐れがあるから、多くはこう云う風に何か罪名をつけて拘留したので、司法当局でも黙認と云ったような形だったらしい。
「こいつを留置場へ抛り込んで置け」
 主任は傍にいた刑事に命令した。
 支倉は二人ばかりの刑事に荒々しく引立て行かれた。
 後に残った石子と渡辺の二刑事は非難するような眼を主任に向けた。
「主任」
 石子が勢い込んで言った。
「あんな生温い事ではあいつが泥を吐く気遣いはありません」
「まあ、そうせくな」
 主任は押えつけるように答えた。
「そう手取早く行くものじゃない。どうせ皆で交る/″\攻め立てなければ駄目さ」
「そりゃそうですけれども」
「午後にもう一回僕がやるから、その次は根岸君と君とにやって貰うんだね」
「そうですね」
 根岸は稍考えていたが、
「私は主任のお手伝いをする事にして、石子君と渡辺君とに元気の好いところをやって貰いましょうか」
「それも宜かろう」
 主任はうなずいた。
「それから、あいつの云った神戸《かんべ》とか云う牧師ですね。一度調べて見なければなりませんね」
「そうだ」
 主任は思い出したように、
「早速召喚しよう」
「いや」
 根岸は凹んだ眼を考え深そうにギロリと光らしながら、
「喚んでも来るかどうか分りませんよ。石子君にでも行って貰うんですなあ」
「行きましょう」
 石子が口を出した。
「では石子君は神戸牧師の所へ行って呉れ給え。それから根岸君と渡辺君とは午後僕の調べた後を、もう一度厳重にやって呉れ給え」
「承知しました」
 三刑事は頭を下げた。
「どれ昼飯にでもしようか」
 大島主任は機嫌よく立上ろうとした。
 所へ、あわたゞしく一人の刑事が走って来た。
「主任、支倉がどうしたのか苦悶を始めました。監房をのたうち廻っています」
「えっ」
 一同は驚いて顔を見合せたが、主任は口早に石子に向って云った。
「君、あいつの懐中物はすっかり取り上げたんだろうね」
「えゝ」
 石子はうなずいた。
「毒薬を
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