な」
「そうです」
「それじゃお前が貞を隠したとしか思えないじゃないか」
「どうしてですか」
「貞が出て来なければ金を遣る必要がないじゃないか」
「そんな事になるかも知れないが、わしは貞を隠した覚えは毛頭ない」
「そうか、それからもう一つ聞くが、お前は前後三回も火事に遭っているね」
「遭っている」
支倉はうなずいた。
「同じ人が三度も続けて火事に遭うのは奇妙だと思わないか」
「別に奇妙だとは思わない。非常に運が悪いと思っている」
「然し、運が悪い所ではないじゃないか。お前は火事の度に保険金が這入り、だん/\大きい宅《うち》に移っているじゃないか」
「そんな失敬な質問には僕は答えない」
支倉はきっと大きい口を結んだ。
「答えない訳には行かないぞ」
主任は冷笑した。
「お前はその火事がいずれも放火だと云う事を知っているだろう」
「三度とも放火だかどうだか知らないが、神田の時は放火だと聞いた」
「お前が放火をしたのだろう」
「以ての外だ。僕はあの火事の為に大切な書籍も皆焼いて終《しま》って、大変迷惑したんだ。冗談もいゝ加減にして貰いたい」
「黙れ」
主任は堪えていた癇癪が一時に破裂したように呶鳴った。
「宜い加減な事を云って事がすむと思うと大間違いだぞ。俺の云う事には一々証拠があるのだ。根もないことを聞いているのではないぞ」
「証拠?」
支倉は少しも動じない。
「どんな証拠か知らぬが見せて貰いたいものだ」
「では知らぬと云うのだな」
「知らぬ、一切知らぬ」
「よし、では今は之だけにして置く。追って取調べるから、それまでによく考えて置け」
「考えても知らぬものは知らぬ。そう/\度々呼出されては迷惑千万だ。それ以上聞く事がないなら帰して貰いたい」
「何、帰して呉れ?」
主任は憎々しげに支倉を睨んだ。
「貴様のような奴を帰す事が出来るものか。大人しく留置場に這入って居れ」
「じゃ、僕を拘留すると云うのか」
支倉は気色ばんだ。
「それは人権蹂躙も甚だしい。一体何の理由で僕を拘留するのだ。僕は正業に従事している。何一つ法に触れるような事をしていない。拘留を受ける覚えはない」
支倉は喚き立てた。
喚き立てる支倉を尻目にかけながら、大島司法主任は冷かに云った。
「貴様は道路交通妨害罪で二十九日間拘留処分に附するのだ」
「え、道路交通妨害罪?」
支倉は唖然とした。
前へ
次へ
全215ページ中97ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング