果して渡辺刑事のかけた罠に易々と捕えられるであろうか。

 待ちに待った日は来た。今日こそは午前十時に坂本公園に待ち構えている刑事達によって、支倉は逮捕せられるのである。万一に備える為に未だ浅田方の警戒をゆるめないで、油断なく眼を配っていた渡辺刑事は今朝から何回となく時計を眺めながら、十時の近づくのをソワ/\として待っていた。
 時計の針が九時少し過ぎた頃、一通の郵便が拠り込まれた。渡辺刑事が急いで取上げて見ると、それは肉太に松下一郎と書かれた支倉からの手紙だった。
 ドキッとした渡辺は浅田を呼ぶ暇もなく無意識に封を切って、二、三行を一時に読み下すような勢いで文面を見た。
 手紙には依頼の品を日本橋の坂本にどうとかすると云う風に書いてあったが、坂本と云う人は知らない人で不安心だから、浅田自身で明後日午前十時に深川八幡の境内に持って来て貰いたいと書いてあった。
 渡辺刑事は茫然として手紙を落として終った。
 何と云う抜目のない用心深い男だろう! 彼は渡辺刑事があれ程苦心して疑念を起させないように浅田に書かした手紙さえも、頭から信用して終う事をしなかったのだ。両国の坂本公園のような所へ誘き出そうとした事に不安を感じたと云えば感じたかも知れないが、要するに彼は念には念を入れると云う用心から、もう一度浅田に手紙を送ったのだ。もし手紙が浅田の偽筆だったり、又は強制されて書いたものだったりしたら、この二度目の手紙で真相が分るかも知れないのだ。それにしても両国の坂本公園を態《わざ》と読み違えた風をして坂本と云う人は知らないなどと、空々しい事を書いて来るとは何と奸智に長けた奴だろう。
 渡辺刑事は目頭が熱くなる程憤慨した。
 が、ふと気がつくと彼は愕然とした。これ程の奴だから、こう云う断りの手紙を出して置いて、そっと坂本公園の様子を見に来るかも知れない。彼自身来ないまでも誰かに頼んで公園の様子を探るかも知れない。もし彼に公園の物々しい警戒を鳥渡でも悟られたら一大事である。彼はもう二度と浅田の手紙を信用しないであろう。そうなるといつ彼が捕えられるか見当がつかぬ事になる。一時も早く公園の警戒を解かねばならぬ。渡辺刑事はいら/\した。けれども彼自身が迂闊に出かける訳に行かない。留守に又浅田がどんな手段を取るやら分らぬ。あゝ、どうしたら好いだろう。約束の十時は刻々に近づいて来る。
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