辺刑事は射るような眼で浅田を見ながら云った。
「書いてありません」
 浅田は手紙を渡辺の前に差出しながら答えた。
「どこか打合《うちあわ》してあるんだろう」
「いゝえそんな事はありません」
 浅田は首を振った。
「じゃ、どこへ持って行くのか分らないじゃないか。君、今更嘘を云ったって仕方がないじゃないか、ほんとうの事を云って呉れ給え」
「全く打合せなんかしてはありません」
「ではどうして届けるのだい」
「その都度打合せをしているのです」
「打合せると云うと、支倉のいる所が分ってる訳だね」
「いゝえ、そうじゃないのです」
 浅田はあわてゝ云った。
「じゃ、どうして打合すのだね」
「この手紙に消印のしてある郵便局へ留置《とめお》きでこっちから手紙をやるのです」
「えっ」
 渡辺刑事は彼等の奸智に長けた事と用心深い事にすっかり感心して終《しま》った。浅田は捨鉢になったように黙りこんだ。
「ふん」
 渡辺刑事はじっと腕を組んで考えた。支倉が、留置郵便を受取りに来る所を押えようか、いやいや、何事にも用心深い彼が果して自身で受取りに来るかどうか疑問である。それに郵便局のある所は可成繁華な所で、大路小路が入り乱れているから、万一押え損ねると中々面倒になる。寧ろどこか閑静な捕まえ易い所に誘《おび》き出して押えるのが好い。
 渡辺刑事はきっと顔を上げた。
「君、直ぐに返辞を書いて呉れ給え、文句はこう云うのだ。依頼の品は明後日午前十時、両国の坂本公園へ持参する。都合が悪かったら直ぐお知らせを乞う。好いかい」
「承知しました」
 浅田は素直に渡辺刑事の面前で云われるまゝに支倉宛の手紙を認めた。渡辺は仔細に手紙を改めて、どこにも支倉に疑念をさしはさませる余地のないのを充分に確めた後に封筒に入れて、自ら封をして上書を浅田に書かせ、浅田を同道させてポストまで行って投函した。そうして厳重に浅田を監視して、追手紙《おいてがみ》を出して裏を掻かれる事を防いだ。
 その日の午後訪ねて来た同僚の刑事に渡辺は委細を話して、明後日は充分抜りなく手配をして貰う事を頼んだ。我事なれりと喜んだ渡辺刑事は油断なく浅田の行動を覗いながら、その日の来るのを一日千秋の思いで待ち焦れていた。
 流石不敵の支倉も今は袋の鼠同様になった。水も洩らさぬ警察の網の手は次第に狭められて彼の縛につく日も遠からぬ事になった。
 怪人支倉は
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