一口に三日三晩と云うけれども、こんな苦しい緊張を三日三晩も続けると云う事は尋常な者では出来る事ではない。流石の渡辺刑事もゲッソリと身体が痩せて、針の落ちた音にさえ飛上る程、神経が鋭く尖った。
支倉は早くも様子を悟ったのだろうか。浅田が何か気のつかぬ方法で知らしたのではなかろうか。支倉の嘲笑状は相変らず毎日のように警察に飛び込んで来る所を見ると、高飛をしたとは思われない。尤も一度愈※[#二の字点、1−2−22]高飛をするらしい手紙を寄越した事があったので、各停車場に手配をした事があったが、それは全く警察を愚弄する為であった事が間もなく判明した。彼には高飛をするような気はないらしいのである。
彼は只巧に逃げ廻りながら、警察を馬鹿にする事に無限の興味を持っているらしい。無論自分の犯した罪が続々暴露して、恐ろしい罪名で追跡されている事などは思っていないらしい。もし彼がそんな事に気づいていれば、毎日のように警察に愚弄状を送ったり、大胆不敵にも北紺屋署に出頭して市電対手に損害賠償を要求しようとしたりしないで、一時も早く高飛すべきである。彼は一体何の目的で警察を煙に巻きながら逃げ廻っているのだろうか。そうした大胆な行為が自分の過去を疑われる種になる事などは少しも考えていないのだろうか。
それからそれへと続出する疑問はどう解き様もなかった。只渡辺刑事の現実の問題としては三日三晩の間、支倉からは杳として何の便りも聞く事が出来ないと云う事だった。
渡辺刑事はもうがっかりして終《しま》った。
渡辺刑事が浅田の家に泊り込んでから四日目の朝、引続く空しい努力にヘト/\になっている時に、配達夫は一声郵便と叫んで、数通の手紙を投げ込んで行った。
配達夫の近づく足音にもう次の間まで出て待構えていた渡辺刑事は素早く飛出して拾い上げたが、そのうちに上封に見覚えのある太い字がいきなり眼についたので、ハッと思いながら裏を返すと、松下一郎と云う四字が電光のように彼の眼を打った。彼は思わずその手紙を握りしめて、神に感謝したのだった。
渡辺刑事に呼ばれて、眼前で開封すべく松下一郎の手紙を差出された浅田は、心持蒼い顔をして、手をブル/\顫わしながら封を切った。
手紙の文面は浅田に指輪と時計を持って来て貰いたいと云うのだった。持って行く場所はどことも指定してなかった。
「場所が書いてないね」
渡
前へ
次へ
全215ページ中83ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング