坐っても立ってもいられないので、恥も外聞も忘れて貰い下げに行こうと思っていたのだった。そこへ、ひょっくり夫が無事に帰って来たので、お篠は飛び立つ思いで夫を迎えた。
「まあ、よく帰って来られたわねえ」
「――――」
 浅田は黙って不機嫌らしく彼女を睨んだ。
「怒っているの」
 お篠は不安そうに、
「堪忍して頂戴、みんな私が悪いのだから。腹立まぎれに詰らない事を云っていけなかったわね」
 縋《すが》りつかん許りにして訴える自分の言葉に一言も報いようとしない夫を恨めしげに見上げたお篠は、ふと初めて夫の後ろに見馴れない男がいたのを見つけた。
「まあ、誰かいるのねえ。人の悪いったらありゃしない」
 お篠は腹立たしそうに、
「一体誰なの、お前さんは。又刑事なんだろう」
「そうですよ。おかみさん」
 渡辺はニヤ/\と笑った。
「随分しつこいのね、警察と云う所は」
 お篠はそろ/\声を上げ出した。
「又、支倉さんから来た手紙を探しに来たのかい。一日のうちに二度も来るのね」
「おい、静かにしろ」
 浅田は低い声で叱るように云って、刑事の方を向いた。
「旦那どうぞお気にされないように願います。いつでもこう云う奴なんですから」
「この方は刑事じゃないの」
 お篠は不安そうに夫の顔を見上げながら聞いた。
「刑事さんだよ。用があってお出でなすったんだよ」
「どう云う用?」
「お前が云ったように支倉さんから来る手紙を押えにさ」
「まあ」
 お篠は大きく眼を見開いた。
「そんなら断って終《しま》えば好いのに」
「所がそうは行かなくなったんだ。支倉さんの手紙が手に這入るまで旦那は泊り込むんだよ」
「まあ」
「ちょっ、そう驚いて許りいないで、茶でも出せ」
 浅田はそう云って長火鉢の前にどっかと坐った。

 渡辺刑事が支倉から来る手紙を押収すべく浅田の家に乗り込んだ時に、石子刑事はトボ/\と蔵前通りを歩いていた。
 二度目に発掘した屍体は幸にも専門家の鑑定によって、年の若い女と決定した。そして髑髏に際立ってニッキリはえている二本の犬歯はまるで牙のようで、それが死んだ小林貞の特徴とピタリと合っていた。
 石子刑事が貞の親に会った時に直ぐ彼は犬歯が異様に発達している事を感じたが、其の叔父の定次郎も矢張りそうした犬歯の持主で、この犬歯の特徴は小林家の特徴と云って好いのだった。けれどもそれだけで、その白骨にな
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