配しなくても好いさ。いくら俺達だって、常識と云う事は心得ているからね」
「そんなら好うがす」
 浅田は大きくうなずいた,
「それで私は帰して呉れるでしょうね」
「さあ」
 根岸は気が進まないように答えた。
「君を帰すとすると手紙は直接君の手に這入るからね。支倉から来た分を隠される恐れがあるんでね」
「もうそんな事は決してしませんよ」
「うん、それもそうだろうが、こっちの方じゃ警戒しなければならんからね」
「じゃ、何ですか、云うだけ云わして置いて、帰して呉れないのですか。一体あなた方は約束と云うものを守らないのですか。あたたは始めに私を帰すと約束したではありませんか」
 浅田は気色ばんだ。
「そうむきにならなくっても帰すよ」
 根岸は静かに云った。
「だが条件がある」

「どう云う条件ですか」
 浅田は不安そうに聞き返した。
「何そうむずかしい事じゃない。刑事をね、一人君の宅《うち》へ泊り込ますのだ。そして郵便をその都度すっかり見せて貰う事にするのだ」
「随分辛い条件ですね」
 浅田は暫く考えていたが、
「仕方がありません。承知しました。そうしなければどうせ帰して貰えないのだから」
「宜しい」
 根岸は満足そうにうなずいた。
「そう事が極まれば早速実行するとしよう」
 浅田はほっと息をついた。
 彼は漸く三日間の辛い責苦を逃れる事が出来たのだった。彼は支倉に対する義理立てと支倉の妻に対する愛着から、飽くまで強情を張り通して支倉の居所に関する事は口を開くまいと思ったけれども、刑事部屋での連日の執拗な訊問はほと/\彼の精根を尽きさした。それに根岸が彼が支倉の留守宅で支倉の妻に挑みかゝった事を、薄々知っているらしい口吻を洩らすので、流石の浅田もすっかり諦めて終《しま》って、根岸の云い放題になったのだった。
「じゃ渡辺君」
 根岸は渡辺刑事を呼びかけた。
「君一つ浅田と一緒に行って、支倉から手紙が来るまで泊り込んでいて呉れないか」
「好し」
 渡辺はうなずいた。
 浅田は渡辺刑事に引立てるように促されて、渋々神楽坂署の門を出た。
 留守宅ではお篠が夫が警察に留られて三日も帰って来ない所在なさを沁々《しみ/″\》味わいながら、しょんぼりとしていた。一時の腹立まぎれに警察へ追いやるような事をしたものゝ、日数が経つにつれて、お篠はやはり夫の事が思い出されるのだった。今日あたりはもう
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