事を荒立てる事はない。次第によっては直ぐ放免しても好いのだ」
「じゃ何ですか、すっかり申上げれば直ぐ帰して呉れますか」
 浅田は少し身体《からだ》を乗り出した。
「そんな事は始めから分り切っているじゃないか。それ以上君を引っばたいて詰らぬ埃を立てようとは思っていないよ」
「そう始めから仰有って下されば私は直ぐ知っているだけの事は申上げたのです」
「始めからそう云っているじゃないか」
「何、そんな事仰有りゃしません。無闇に脅かしてばかりいられたので――」
「そんな事は今更云わんでも好いじゃないか」
 根岸はニヤリとした。
「話が分れば、一つすっかり云って貰おうじゃないか」
「云いますよ」
 浅田は真顔になって答えた。
「所でね根岸さん。私はほんとうに支倉が今どこにいるか知らないのですよ」
「何っ!」
 根岸は声を上げた。
「ほんとうなんです。この期《ご》に及んで何嘘を云うもんですか。ほんとうに知らないんです」
「ふん、全く知らないのかい」
 根岸は些か口調を和げて半信半疑と云う風に云った。
「全く知らないのです。然し近く私の所へ知らす事になっていたのです。ですからことに依ると宅《うち》へ手紙が来ているかも知れないのです」
「黙れ」
 根岸刑事が呶鳴った。
「この根岸がそんな甘手に乗ると思うか。貴様の宅《うち》に支倉から手紙が来たか来ないか位はちゃんと調べてあるぞ。そんな甘口で易々と貴様は放免しないぞ」
「じゃ何んですか」
 浅田は不審そうに根岸を見ながら、
「私の宅へ松下一郎と云う名で手紙は来ていませんか」
「来ていない」
「そりゃ可笑しいな」
 浅田はじっと考えながら、
「そんな筈はないんだが、もう、どうしたって来ているのですがね。じゃ、今日あたり来るのでしょう」
 浅田の様子が満更嘘を云っているようでもないので、根岸は少し不審に思いながら、
「じゃ、何だね、支倉の方から打合せの手紙が来る事になっているのだね」
「そうです」
「そんならやがて知らせが来るかも知れん」
 根岸は考えながら、
「じゃ、君こうして呉れないか。支倉が何んと云う偽名で寄越すか知れんが、仮りに松下一郎で来たとしたら、その手紙を我々が開いて好いと云う事を承諾して呉れないか」
「えゝ、仕方がありません」
 浅田は渋々云った。
「承知しましょう。だが無闇にどれでも開封せられても困りますが」
「そりゃ心
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