うのはどの事ですか」
 浅田は嘯《うそぶ》いた。
「お前が支倉の細君にした事だ」
 根岸は呶鳴りつゞけた。
「何の事ですか、それは」
「馬鹿! 貴様は未だそんな白々しい事を云うのかっ! 貴様は根岸を見損ったか。根岸はどんな人間だか知ってるか。痛い目をしないうちに恐れ入って終え」
「――――」
 浅田は答えない。
「よし、支倉の留守宅でお前がどんなことをしたか、お篠を召喚すれば直ぐわかることだ。オイ、渡辺君」
 根岸は渡辺刑事を呼んだ。
「直ぐお篠を連れて来て呉れ給え」
「宜しい」
 渡辺刑事は勢いよく立上った。
「鳥渡待って下さい」
 浅田はあわてゝ、声をかけた。
「何の用だい」
 渡辺刑事は嘲るように答えた。
「お篠を呼ぶ事は待って下さい」
「待てと云うなら、待ちもしようが」
 渡辺はきっと浅田を見据えながら、
「どう云う訳で待って呉れと云うのだ」
「あいつはどうも智恵の足りない奴で、物事の見境なく喚き立てますから――」
「好いじゃないか」
 渡辺は押被せるように云った。
「何を云ったって君に疚《やま》しい所がなければ差支えないじゃないか」
「所がその」
 浅田は困惑しながら、
「あいつはある事無い事を喋るのです」
「無い事なら恐れるに及ばんじゃないか」
「そりゃそうですけれども――」
「渡辺君」
 根岸はもどかしそうに声をかけた。
「いつまで愚図々々と一つ事を聞いていたって仕方がないじゃないか。早くお篠を呼び給え」
「承知だ」
 渡辺は勢いよく答えた。
「直ぐ行くよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
 浅田はうろたえ出した。
「あんな碌でなしを呼んだって仕方がありません」
「おい」
 根岸は浅田をギロリと睨みつけて、
「貴様は何か女房に喋られて悪い事をしているな」
「そんな事はありません」
「支倉の逃亡を援助しているだけなら何もそう女房を恐れる筈はない。どうも一筋縄で行く奴ではないと思っていたが、貴様は何か大きい事をやってるな」
「決してそんな事はありません」
「そうに違いない。すっかり洗い上げるから覚悟しろ」
「え、そんな覚えはありませんけれども」
 浅田はあきらめたように云った。
「こうなっては仕方がありません。何もかも申上げましょう」

 何もかも申上げましょうと云った浅田の言葉に根岸刑事は心中大いに喜んだが、素知らぬ顔をしながら、
「そう素直に出れば何も
前へ 次へ
全215ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング