先刻から黙って石子の話を聞いていた署長は始めて少し微笑みながら、
「之に違いないのだね」
「はい」
石子は署長の方に向き直った。
「之に相違ないと思います」
「うん」
署長は満足そうに、
「白骨の寸法から見ても少女らしく思われる。宜しい、之を持って引上げよう」
署長の命令の下に昨日の老人の白骨は元の穴に埋られ、棺の中には新たに掘出した白骨が収められた。
曙光
二回目に発掘して来た白骨が小林貞と判明したか、自殺か他殺か区別がついたか、その鑑定の結果は後に述べる事として、一度神楽坂署の刑事部屋を覗いて見る事にしよう。
三尺の頑丈な戸口の外には出入する所のない、十畳敷ばかりのガランとした刑事部屋は、二方の窓から受入れる光線で割合に明るいが、誰でもこの部屋に入れられて、物凄い眼つきの荒くれ男に取巻かれて、鋭い質問を浴せかけられたら、怯じ恐れないものはないであろう。況《ま》して少しでも後暗い事のあるものは縮み上って、恐れ入るのが当然である。然し中には強情なしたゝか者があって、時には刑事達の手荒い取調べにも頑強に屈しないものがある。写真師浅田の場合はそれだった。
「それでは何だね、君はどうしても支倉の居所を知らないと云うのだね」
根岸刑事は大抵の人間ならその一睨みで、震え上って終《しま》いそうな冷いギロリとした眼でじっと対手を見据えた。
「知りません」
渡辺刑事初め二、三の刑事達に取巻かれた浅田は、浅黒い顔の些《しさゝ》か血の気は失せていたが、平然として答えた。
「好い加減にしろ」
根岸刑事は責めあぐんだように、
「いつまで隠していたって仕方がないじゃないか。君が支倉の居場所を知らないと云う筈がないじゃないか」
「何と云ったって、知らないものは知りません」
「ふゝん、未だ頑張るんだね。君は毎日のように支倉と文通していたじゃないか」
「文通はしていました。然しそれは大内と云う写真館を中に置いての事で、直接に文通していた訳ではありません」
「だからさ」
根岸刑事は押被せるように、
「その中に置いている家を云えと云うんだ」
「大内の方が発《ば》れて終ったので、別の所を拵《こしら》えて知らせると云う事になったきり、何とも云って来ないから、今どこに居るのか少しも分らないのです」
「馬鹿を云え。その打合せはちゃんとすんでいる筈だ。君は支倉がど
前へ
次へ
全215ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング