答えた。
「じゃ、ひとつ我々は、確信を持って支倉の旧悪を立証すべき証拠物件の蒐集にむかおうじゃないか」
「承知いたしました」
大島司法主任は答えた。
「私も何も徒《いたずら》に消極主義を称える訳じゃないのです。署長殿がそう云う御決心なら、大いに気強い訳です。必ず死体を探し出しましょう」
「宜しい、では明日は墓地に僕も行く」
署長はきっぱり云い切ったが、言葉をついで、
「それから君、支倉の検挙を一日も早くしなければならんぞ。逃走後既に三、四週間にもなっている。然も彼は今尚毎日のように警察に宛て、愚弄嘲笑の限りを尽した手紙を寄越すではないか。実に横着極まる奴だ。一日も早く捕えねばならん」
「その点は御安心下さい」
主任は云った。
「浅田の取調べが調子よく進んでいます。遠からず彼の居所が判明するでしょう。実は石子君に早くその方に廻って貰いたいのですが、死体発掘と云う重要な事の為に遅れているのです」
「私も一時も早く支倉逮捕の方に廻りたいのです。彼は私に対して一方ならぬ侮辱を加えているのです」
「うん、そうだ。君はどうしても彼を捕えねば男が立たんのだ。大いに君に期待しよう」
署長は大きくうなずいたが、やがてきっとなって、
「では、兎に角明日は一同揃って墓地に出かけ、目的の死体を掘り出すとしよう」
「承知いたしました。では一切の準備をいたして置きましょう。それから君」
主任は石子刑事に向って、
「今日掘って来た死体は明日元の所へ埋めなければならんね」
「そうです」
石子は答えた。
「明日出かける時に持って行く事としましょう」
大島主任と石子刑事は署長に一礼して立上った。二人の顔面には堅い決心の色が溢れていた。
あゝ、彼等は果して三年前の埋葬屍体を発掘し、支倉の旧悪を発《あば》き得るや如何に。
屍体発掘に失敗した大島司法主任、石子刑事を初め神楽坂署員一同の不安と焦燥のうちにその夜は明けた。
翌朝も前日のように暗雲低く飛んで時に薄日の差すような陰鬱な日だった。前日の大型自動車には新しく乗り込んだ庄司署長が中央に構え、誤って掘り出した白骨の棺と共に、時に砂塵を上げ、時に泥土を跳飛ばしながら、大崎の墓地を目がけて疾駆した。
昨日の失敗に懲りた石子刑事は案内役の人夫に事の次第を簡単に話した末、もう一度埋葬箇所[#「箇所」は底本では「筒所」]を熟考するように命じた
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