「署長殿がお許し下されば何回だって掘ります。然しその結果ついに目的の死体が判明しなかった場合には問題になりますから、寧ろ今私がお咎めを蒙って、辞めようかと思ったのです」
「辞めるなんて云う程の大きな事じゃないじゃないか。君は今三年前の殺人で殆ど証拠が湮滅しかゝっている大事件の探査にかゝっとるのじゃないか。之しきの事にめげてどうするのだ」
「はい」
「間違いは間違いだ。大いに遣《や》り給え」
「そう云って頂くと私も非常に心強いのです」
 石子は感激しながら、
「遣ります。大いに遣ります」
 石子は決心の色を面に浮べて、一礼すると勇気凜々と云う足取りで戸口に近づいた。
 署長はその有様を快げに見送っていたが、何を思ったか声をかけた。
「あゝ、君、石子君、鳥渡待ち給え」

 戸口から出ようとする所を呼び止められた石子刑事は微に不安の色を浮べながら戻って来た。
「何か御用ですか」
「うん、墓地の発掘の時には僕も行こう」
「えっ」
 石子刑事は驚いて署長の顔を見上げた。
「僕も行って立会おう。その方が好い」
「然し署長殿」
 主任は口を出した。
「あなたが行かれて、もし――」
「今度間違うと動きが取れなくなると云うのだろう。何全部俺が責任を負うさ。俺には失敗したからって部下の罪にするような卑怯な事は出来ない。だから出ても出なくても同じなのだ。俺が一緒と云う事は石子君を励ます上に於ても効果がある筈だ」
「それはそうです」
 主任はうなずいた。
「じゃ、明日みんなで出かける事にしよう」
「然し」
 主任は尚気が進まぬように、
「今度失敗すると、永久にこの事件は闇から闇に葬られて検挙が出来ません」
「君は失敗の事ばかり心配するじゃないか」
 署長は叱責するように云った。
「仮令《たとえ》三年前埋葬した屍体だって、実際埋めたものならない筈もなし、又、それと証明の出来ない筈はない。警察官がそう引込思案では駄目だ。我々はこの世から悪人を根絶すると云う任務を持っている。その為には悪人を検挙して法官の前に差出さねばならん。悪人がいつまでも、明白な証跡を我々に提供して呉れない以上、我々は時々冒険を敢てしなくてはならん。見込捜索と云う事は無論ある程度まで危険を伴う。然しそう/\いつでも証拠の歴然とするのを待って検挙を始めると云う訳には行かんじゃないか」
「それは御説の通りです」
 主任は静かに
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