的な考えを起す人は稀だろう。都会生活の人々は忙しくてそんな事を考えている暇はないのだ。況んや、今こゝに来た人達は大島司法主任を初めとしいずれも警察界の人で、而も三年前に埋葬された身許不明の死体が他殺の疑いありとして発掘すべくやって来たのであるから、いずれも顔面に只ならぬ緊張の色を現わして、こんな小さな同情心みたいなものを起す余裕のなかったのは当然である。
「どこの所だ」
 大島警部補は案内の人夫を顧みて、呶鳴りつけるように云った。
「こゝです」
 人夫は空地の中程を指し示した。
「よし、掘り出せ」
 主任の命令が一下すると、ショベルを手にして待構えていた二、三人の人夫は一塊りになって、指し示された箇所に出た。やがて、サクッとショベルの先が軟かい赤土に突当った。
 一突、二突、見る見るうちに穴は掘られて行く。警官達は無言でじっと見つめていた。どうして聞伝えたか近所の長屋のおかみや子供達が十人あまり、だらしない風をしながら、遠巻きにパラリと取巻いていた。
 空からは時折りパラ/\と雨滴が落ちた。遮ぎるものゝない野を肌の下まで浸み亘るような冷たい風が通り過ぎて行く。
 掘り起された土は穴の廻りに次第に堆高《うずたか》く積まれて行った。さして深くない墓穴の事とて、人夫のショベルはやがて何かに突き当った。彼等は云い合したように穴を覗き込むと、忽ちショベルの手を休めて、警官隊に合図をした。さっきから待ちかねていた石子刑事は飛び出して穴を覗いた。穴の底には白骨の一部が現われていた。

 白骨の一部が見え出すと、人夫は注意してショベルを動かし出した。やがて完全な一人分の白骨が掘り出された。屍体は埋葬当時は無論粗末ながらも棺に収めてあったのであろうが、今はその破片さえ認められぬ程朽ち果てゝいた。着衣の一部と思われるものさえも止《とゞ》めていなかった。
 白骨は直に用意の白木の箱に収められて自動車に積まれた。主任以下が乗り込むと、自動車は再びけたゝましい音を立てゝ、凱歌を奏するように揚々として走り去って行った。
 白骨はそのまゝ警視庁の鑑識課に運ばれた。溺死体や惨殺された死体など、近親の人でさえ容易に見分けのつかぬものである。況んや、今発掘して来た屍体は井戸から上った時に既に六ヵ月を経過して何者とも判弁し難かったのであった。現にこの女を井戸に投げ込んだと云う嫌疑を受けている支倉が、当時
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