動車が勇ましくエンジンの響きを立てゝいた。車には大島司法主任、石子、渡辺両刑事以下四、五人の刑事と制服の巡査、案内役の人夫などがいずれも顔面を緊張させて乗込んでいた。彼等は大崎の墓地に死後半年に発見せられ、埋葬後三年を経過した他殺の嫌疑ある死体を発掘に向うのだった。
やがて自動車は爆音けたゝましく疾駆し始めた。
大空はドンヨリ曇って、その下を鼠色の怪しげな形をした雲が不気味な生物のように、伸びたり縮んだりしながら、東北の風に吹き捲くられて西南へ西南へと流れて行った。
広々とした稍小高い丘に大小取交ぜ数百基の墓石が不規則に押並んで、その間に梵字を書いた卒塔婆の風雨に打たれて黒ずんだのや未だ木の香の新しいのなどが、半《なかば》破れた白張の提灯などと共に入交っていた。墓石の周囲の赤黒い土は未だ去りやらぬ余寒の激しさに醜く脹れ上っていた。遙に谷を隔てた火葬場の煙突からは終夜《よもすがら》死人を焼いた余煙であろう、微に黄ぽい重そうな煙を上げていた。墓地には殆ど人影はなかった。
折柄、墓石の下に永久《とこしえ》の安い眠りについている霊を驚かすように一台の大型自動車がけたゝましい爆音を上げて、この大崎町の共同墓地を目がけて、驀地《まっしぐら》に駆けつけて来た。
やがて自動車は墓地の入口にピタリと止った。中からドヤ/\と降りた人達は墓地の発掘に出張した神楽坂署の一行だった。
墓地の一隅に十坪あまりの平坦な所があった。うかと通り過ぎた人には只の空地と見えたかも知れぬ。然しそこは引受人のない身許不明の屍体を仮りに埋葬した所だった。墓石はもとより墓標すらなく、埋葬した当時にホンの少しばかり盛り上っていた土も雨に流され、風に曝されて、いつの程にか形を止《とゞ》めぬようになっているのだった。
警官の一行は案内の人夫に連れられて、空地の前に立った。
同じ人間に生れて同じく定命つきて永劫の眠りについても、或者は堂々と墻壁《しょうへき》を巡らした石畳の墓地に見上げるような墓石を立てゝ、子孫の人達に懇《ねんご》ろに祭られている。それ程でなくても、墓石一基に香華一本位の手向のあるのは普通であろう。それに何等の不幸ぞ。この一隅に葬られている人達は名さえ知られないで、恰《まる》で犬か猫のように無造作に埋められている。勿論畳の上で死んだ人達ではないのだ。然しこの墓地の一隅に立ってこんな感傷
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