の地所内で行われるのだが、墓標などは元より何一つ印が立っていないのだった。
 三年前の井戸から上った屍体が果してどの辺に埋めてあるのやら恰《まる》で見当がつかないのである。と云って片っ端から掘っては、どの屍体がどれやら証明する手段がない。要するに誰かその屍体はこゝに埋めたと云う事を知っているものゝ智恵を借りるよりない。
 石子刑事はハタと困った。
 彼は兎に角、この墓地で長く墓掘《はかほり》人夫をしているものを物色した。幸に二、三人の人夫を尋ね出す事が出来た。けれども三年前の屍体だと云うと、いずれも云い合わしたように、
「さあ」
 と小首を傾けるのだった。
 石子刑事は躍起となった。折角自分が云い出して、署長始め司法主任も進んで発掘に賛成したのに、いざと云う場合になって埋葬箇所が分らないではすまされない。彼は共同墓地を中心として熱心に心当りを尋ね廻った。そうして其日の夕刻彼は漸く一人の墓地人夫を探し当てゝ、朧気《おぼろげ》ながらに当時の有様を知る事が出来たのだった。
「えーと」
 人夫は真黒な皺だらけな顔を仔細らしく傾けながら、
「そうです、もう三年になりますよ。暑い時分でした。井戸から上ったと云う、プク/\に脹れた二た目とは見られない娘の屍体を埋めた事があります。大きな花模様のある着物を来て黒っぽい帯しめていましたっけ」
「え、え、何だって」
 石子刑事は耳を疑うように問返した。彼がかつて支倉の妻の静子から聞いた所に依ると、女中のお貞は家出当時、牡丹模様のメリンスの着物に黒繻子の帯をしめていたと云うではないか。
「着物の事なんか委しく知ってますのはね」
 人夫は石子の驚きが激しかったので、弁解するように云った。
「実はその何です。着物を見ると派手な子供ぽいものを着ているし、帯を見ると黒ぽくて年寄染みているでしょう。それに身体の様子も子供ぽいのに、エヘヽヽ」
 人夫は卑しく笑い出した。
「旦那の前ですけれども、その……がね、すっかり発達して立派に大人なんです。それで仲間で一体年はいくつかって賭をしましたよ。そんな事で割によく覚えているのです」
 聞いているうちに石子刑事の頭に被さっていた暗い影は朝霧のように次第に晴れて行った。彼の心配していた年の点もどうやら説明のつくらしい所がある。お貞の屍体に相違ないと云う考えが確乎として来た。
 翌朝神楽坂署の前には一台の大型自
前へ 次へ
全215ページ中67ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
甲賀 三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング