物に近寄るようにジリ/\と彼女に迫った。
「何をなさるのです」
静子は必死の力を振って叫んだ。
「し、失礼な事をなさると、声を揚げますよ」
然しそんな努力は反って薪に油を注ぐようなものだった。彼女がこう叫んだのをきっかけに浅田は飛びかゝった。
静子は一生懸命に身を※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いた。然しそれは畢竟《ひっきょう》猫に捕えられた鼠の悲しい無駄な努力だった。浅田はジリ/\と彼女を羽交締めにした。
静子は繊弱《かよわ》い女の身の弱い心から、殊に対手は今まで親切にして呉れた浅田ではあるし、声を挙げて女中を呼ぶ事は幾分躊躇されたので、黙って身を※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]いていたので、浅田はそれにつけ込んで彼女を押倒そうとした。彼女は最早忍んでいられなかった。救いを呼ぼうと思ったとたんに、遠く離れた所だったが、足音がした。
浅田ははっと彼女を抱きしめていた腕の力を抜いた。その隙に彼女は逃げ出した。浅田は直ぐに彼女を追った。格闘が始まった。襖が外れてドタンバタンと音がした。
バタ/\と誰やら駆けつけて来る音がした。
静子は必死に浅田の魔手から逃れようとする、計らずも起った格闘にドタンバタンと音がしたが、其音に駆けつけて来たのは誰ぞ、それは思いがけなくも夜叉のような形相をしたお篠だった。
浅田は驚いて、静子を捕えた手を放した。静子ははっと飛び退いて乱れた裾を掻き合せた。
お篠はいきなり浅田に獅噛《しが》みついた。
「何をふざけた事をしやがるのだっ!」
お篠は浅田に武者振りつきながら泣声を振絞るのだった。
浅田はお篠を振放そうとしたが、女ながらも必死の力を籠めているので生優しいことでは放れない。彼は大きな拳を上げて、お篠の頬を撲り飛ばした。それから打つ、蹴る、噛みつく、暫し乱闘が続いた。
お篠は口惜し涙に咽《むせ》びながら、切々《きれ/″\》に喚き出した。
「口惜しいっ! ひ、人を馬鹿にしやがって、亭主のいない留守につけ込みやがって、何だこの態《ざま》は! さっきからいくら玄関で呶鳴ったって、下駄がちゃんと脱いであるのに、返事をしやがらねえ、変だと思っているうちに奥の方でドタンバタンと音がするから来て見ればこの体だ。何てい恥ざらしな真似をするんだ。口惜しい、口惜しいよう」
「静かにしろ」
浅田の眉は
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