包にして、預けて置くのです。そうして、適当な時機に、自分でなければ、誰かを使いにやって、取り寄せるのです。あの時私の取りにやらされた包みもそれに違いありません」
「中味は何でしたか」
「私の想像ですけれども、銃砲店に預けてあった小さい包みは、京子さんを殺すのに使った毒薬の瓶だと思います」
「ふむ、医療機械店の方は」
「あれは靴ですわ。之《これ》は想像でなく、手触りででも分りました。間違いありません」
「靴? 靴ですって」
「ええ、星田さんの履《は》いてらっしゃるのと、同じ型の靴です。恐ろしい男はその靴を履いて、京子さんの死体を鎌倉の二階家に運んだのです。ですから、星田さんと同じ靴跡がついていた――」
「ちょ、ちょっと待って下さい」村井は自分の頭が変になったのじゃないかと云う風に、しきりに首を振りながら、「星田さんと同じ靴と云うのはどう云う事ですか」
「恐ろしい男が星田さんに罪を着せようと思って、星田さんの履いてらっしゃる靴と同じ靴を履いたんです。そうして、その靴を自宅に置くのは危険ですし、咄嗟《とっさ》に旨く処分も出来ないので、あの店へ預けて置いたんですわ」
「分らんなあ。あなたの云ってる星田と云うのは、山川牧太郎の事でしょう」
「いいえ、違います」
「違う。そんな筈はありませんよ。星田は実は偽名しているので、本当は山川牧太郎、現に殺人の嫌疑で刑務所に――」
「違います。違います」
「そんな筈はない。じゃ、一体誰の事です」
「星田さんは星田さんです。探偵小説家で、あなた方のお友達です」
「じゃ、山川牧太郎は」
「それは恐ろしい男です」
「あなたは今刑務所にいる星田の他に、山川牧太郎がいると云うんですか」
「ええ」
 村井の頭はすっかり混乱した。何だか揶揄《からか》われているような気持だった。それに反して、津村は少し勢を得て来た。
「じゃ、真弓さん。星田の他に、山川牧太郎と云う男がいて、それがあなたの云う恐ろしい男で、宮部京子を毒殺して、死体を鎌倉に運び、その時に星田に罪を被せる為に、星田の履いているのと同じ靴を履いたと云うんですね」
「ええ」
「それは確かですか」
「ええ」
 真弓は力強くうなずいたが、津村は未だ半信半疑だった。もし、真弓の云う通りなら、星田は飽くまで星田で、恐ろしい悪漢の為に無実の罪に落されようとしているのだ!
「そんな馬鹿な」
 津村が茫然《ぼうぜん》と考え込んでいる耳許に、村井の嘲《あざけ》るような声が響いた。
「厳然たる指紋の一致をどうするんだ。星田の指紋と、山川牧太郎の指紋、犯罪現場にあった指紋、みんな一致するんだ。なるほど、靴位なら、同じような型をつける事も出来よう。だが、指紋はまさかゴム印でベタベタ押す訳にも行くまい」
 津村は落胆《がっかり》しながらうなずいた。そうだった。星田と山川牧太郎の指紋は確実に一致している。星田を庇《かば》いたいばかりに、真弓の言葉を真に受けかかったが、真弓は今はひどく頭が混乱しているのだ。その為に、こんな辻褄の合わない事を云い出したのだろう。
「そうだ。真弓さん、あなたは思い違いをしている。指紋が――」
「いいえ、思い違いなんかしておりません。星田さんは断じて山川牧太郎ではありません」
 真弓の言葉は自信に充ちているようだった。一体彼女は指紋の一致と云う厳然たる科学的裁断を、どうして覆そうと云うのだろうか。

   指紋の一致

 村井はもう真弓の言葉などには耳を借さないと云う風だった。だが、津村は未だいくらか望みを持っていた。従って、真弓に質問を続けたのは村井でなくて津村だった。
「真弓さん。じゃ、指紋が一致するのは」
「あなた方はしきりに指紋が一致すると仰有《おっしゃ》いますが、同じ人間の指紋が一致するのに不思議はありません」
「え、なんですって」
「鎌倉のあの空家では、最近に京子さんと星田さんとが度々会いました。京子さんが呼んだから、星田さんが行ったのですけれども。ですから、扉《ドア》の引手に星田さんの指紋がついているのは当然ですわ」
「うむ」
「眼鏡の玉は星田さんのを盗んだのですから、星田さんの指紋がついているのに、何の不思議はありませんわ」
「うむ。だが、星田の指紋と山川牧太郎の指紋とが、完全に一致するのは」
「それは同じ人間の指紋だからですわ」
「ああ」
 津村は落胆《がっかり》した。やはり真弓は頭がどうかしているんだ。村井はどうだと云わんばかりに、冷然と津村の顔を眺めながら、
「オイ、もう訊くのは止せよ」
「うん、だが」津村は村井の冷笑に会って、反って反撥した。「真弓さん、あなたは星田と山川牧太郎とは別人だと――」
「星田さんと山川とは別人です」
「?――」
「あなた方が誤解していらっしゃるのです。あなた方が山川牧太郎の指紋だと云ってらっしゃるのは、星田
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