と左から真弓の傍によって、優しく抱き起して、
「まあ、そんなに昂奮しないで」
「もう少し落着いて」
 と、劬《いたわ》りながら、傍にあったソファの上に彼女をそっと置いた。
 そのうちに、真弓はやや落着いて来たので、村井は訊き始めた。
「姉さんの仇が討てないなんて。そんな事はない。立派に討てたじゃありませんか」
「いいえ」真弓はかぶりを振った。「あの恐ろしい男は――」
 そう云って、彼女はさも恐ろしそうにあたりをキョロキョロと見廻して、
「私は――私は――とても恐ろしくて耐《たま》りません。殺されます、きっと殺されます。私|生命《いのち》は惜しいとは思いませんが、お父さんや姉さんの仇を討たないで、犬死するのはいやです。あの男は、いつどんな時でも、私のする事を見守っているのです。あなた方にこんな話をした事が知れたら、私は立所に殺されて終います」
「誰ですか。その恐ろしい男と云うのは」
「山川です、牧太郎です――ああ、私こんな事を云って終っていいのかしら。ああ、恐ろしい。アレッ、そ、そこに誰だか、い、いますよッ」
 村井と津村とはドキッとして真弓のさす方を見たが、そこには何の人影もなかった。村井は一層声を優しくしながら、
「僕達二人の他は誰もいやしませんよ。真弓さん、気を確かに持って下さい。僕達二人こうしているんですから、誰が来たって、指一本触れさせはしませんよ。第一山川は刑務所に入れられているじゃありませんか」
「いいえ、違います。あの恐ろしい男は、いつどんな所からでも出て来ます」
「ハハハハ、ひどく恐れるんですね。まさか、刑務所から出て来るような事はありませんよ。それよりも、真弓さん、あなたは宮部京子を殺した真犯人を知っている筈です。教えて下さい」
「――」
「ね、いつまでも隠せるものじゃなし、又、隠さない方が、あなたの為でもありますよ」
「私は恐ろしい――」
「なに、あなたの身体《からだ》は私達がどんな事があっても衛《まも》ります。あなたは誰かに威《おど》かされているんでしょう。威かされて、手伝いをしたんでしょう」
「ええ」真弓は微《かす》かにうなずいた。
「それなら、あなたは全然無罪です。誰ですか。あなたを威かした男は」
「恐ろしい人間です」
「山川ですね」
「ええ」
「山川はどう云ってあなたを威すのですか」
「京子さんと山――」
 真弓は云いかけて、名を口にするのさえ恐ろしいと云う風にブルッと顫えながら、
「京子さんと恐ろしい男と私と三人で、お酒を呑んでいたんです。そうしたら京子さんが急に顔色が紙のように白くなって、気持が悪いと云ったかと思うと、パッタリと斃《たお》れてしまったのです」
「ふむ。それから」
「私、びっくりして、キャッと声を揚げたんです。そうしたら、恐ろしい男は怖い顔をして私を睨んで、騒ぐと為にならないぞ。もし密告でもしたら、お前も同罪になるぞと云うんです」
「ふむ。それで」
「私は云いなりになるより他はなかったのです。恐ろしい男は私に手伝わして、死体を自動車に乗せて、自分で運転して鎌倉に運びました」
 聞いているうちに、津村は頭がグラグラとして、あたりが暗くなるように感じた。
 ああ、宮部京子を殺したのは、やはり星田だったのだ。彼は居合した京子の妹女優真弓を威かして、死体の遺棄を手伝わしたのだ。
 津村に反して、村井は勢いを得ながら、
「じゃ、我々を博覧会場に誘《おび》き出して、更に鎌倉に行かせたのも、みんなその恐ろしい男の策略ですね」
「ええ」
「あなたもその手伝いをしたんですね。そんな事だろうと思った。ちょッ、星田の奴、自分で狂言を書いて、誠しやかに僕達に話しやがった。自作自演と云うやつだ。畜生!」
「ちょ、ちょっと待って呉れ給え」津村は漸《ようや》くの事で口を出した。「星田が京子を毒殺して死体を鎌倉に運んだと云う事は、最早疑う余地はない。考えて見ると、脅迫状云々も彼のトリックだし、博覧会場へ僕達を誘き出したのも彼に違いあるまい。だが、あの時に真弓さんと自動車に同乗して、東京駅に行った男は一体何者だ。いくらなんでも、あの男は星田じゃないぜ。あの時に星田は僕達の車にちゃんと乗っていたんだから」
「そうだ。真弓さん、あの男は何者ですか。そうして、あの時に二軒ばかり店屋に寄ったのは何の為でしたか」
「あの時には何の為だか分りませんでした。私は只恐ろしい男の命令で、云うままの事をしたのに過ぎません。でも、後で考えて見ますと、銃砲店や、医療機械店で受取ったものは、みんな殺人の証拠品に違いありません」
「え、殺人の証拠品!」
「ええ、私はアノ恐ろしい男のやり方はよく知っています。アノ男は自分の身体につけたり、家に置いとくと危険だと思うものは、方々の店でちょっとした買物をして、その時に、直ぐ貰いに来るからと言って、紙
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