さんの指紋です」
「え、え」
「浦部の家に残してあった山川牧太郎の指紋は、実は星田さんの指紋です。本当の山川牧太郎は指紋を残すような生優しい人間ではありません」
「然《しか》し――」
「お聞きなさい。星田さんは浦部の家に出入するのに、山川牧太郎と云う名を使っていたのです」
「?――」
「星田さんが山川牧太郎と云う名を使ったのは、本当の山川牧太郎の勧めによったのです。当時星田さんは姉の俊子と恋仲でした。然し、金より他に貴いものを知らない父は、貧乏な星田さんを好みません。そこで胸に一物ある山川牧太郎は、星田さんに彼の名を使う事を許したのです。と云うのは、山川は姉に恋していました。イヤ、父の財産に恋していたのかも知れません。すると、ここに山川牧太郎の悪企みを助ける者が現われました。それは宮部京子さんです。京子さんは星田さんに恋をしていました。姉に恋した牧太郎と、星田さんに恋した京子さんとが、星田さんと、姉の仲を裂こうとする企みに、直ぐ同盟したのは当然の事です」
「彼等は間もなく成功しました。星田さんはすっかり京子さんに籠絡されました。星田さんは姉を棄てて京子さんと手を取って駈け落ちをしました。星田さんは牧太郎と京子さんの企みに落ちて、浦部家にどんな事が起ったかも知らないで、京子さんと異郷の空で、爛《ただ》れた生活を送っていました。その間に、牧太郎は父の金をすっかり拐帯しました。その為に姉は自殺し父は狂い死をした事は、みなさんの御承知の事です」
 真弓の長い物語りに、津村と村井は恰《まる》で悪夢から醒めたように、暫くは茫然としていた。が、やがて漸く気をとり直して、津村が訊き始めた。
「星田が山川牧太郎と云う名で、あなたの家に出入していたんですって」
「ええ、無論父のいない時ですけれども。召使達は星田さんを山川牧太郎だと思っていました」
「そうすると、つまり、山川牧太郎の指紋として、警視庁や検事局に残っているのは実は星田の指紋なんですね」
「そうなんです。ですから一致するのは当然ですわ」
「で、実際に金を持って逃げたのは、真の山川牧太郎だったんですね」
「そうです。ですから山川牧太郎と、それから宮部京子も、私の為には父の仇、姉の仇です。京子さんはその後星田さんの所を逃げて、牧太郎と共同生活をしていました。やはり似た者夫婦とか云って、京子さんには、星田さんのような方より、牧太郎
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