ぜん》と考え込んでいる耳許に、村井の嘲《あざけ》るような声が響いた。
「厳然たる指紋の一致をどうするんだ。星田の指紋と、山川牧太郎の指紋、犯罪現場にあった指紋、みんな一致するんだ。なるほど、靴位なら、同じような型をつける事も出来よう。だが、指紋はまさかゴム印でベタベタ押す訳にも行くまい」
津村は落胆《がっかり》しながらうなずいた。そうだった。星田と山川牧太郎の指紋は確実に一致している。星田を庇《かば》いたいばかりに、真弓の言葉を真に受けかかったが、真弓は今はひどく頭が混乱しているのだ。その為に、こんな辻褄の合わない事を云い出したのだろう。
「そうだ。真弓さん、あなたは思い違いをしている。指紋が――」
「いいえ、思い違いなんかしておりません。星田さんは断じて山川牧太郎ではありません」
真弓の言葉は自信に充ちているようだった。一体彼女は指紋の一致と云う厳然たる科学的裁断を、どうして覆そうと云うのだろうか。
指紋の一致
村井はもう真弓の言葉などには耳を借さないと云う風だった。だが、津村は未だいくらか望みを持っていた。従って、真弓に質問を続けたのは村井でなくて津村だった。
「真弓さん。じゃ、指紋が一致するのは」
「あなた方はしきりに指紋が一致すると仰有《おっしゃ》いますが、同じ人間の指紋が一致するのに不思議はありません」
「え、なんですって」
「鎌倉のあの空家では、最近に京子さんと星田さんとが度々会いました。京子さんが呼んだから、星田さんが行ったのですけれども。ですから、扉《ドア》の引手に星田さんの指紋がついているのは当然ですわ」
「うむ」
「眼鏡の玉は星田さんのを盗んだのですから、星田さんの指紋がついているのに、何の不思議はありませんわ」
「うむ。だが、星田の指紋と山川牧太郎の指紋とが、完全に一致するのは」
「それは同じ人間の指紋だからですわ」
「ああ」
津村は落胆《がっかり》した。やはり真弓は頭がどうかしているんだ。村井はどうだと云わんばかりに、冷然と津村の顔を眺めながら、
「オイ、もう訊くのは止せよ」
「うん、だが」津村は村井の冷笑に会って、反って反撥した。「真弓さん、あなたは星田と山川牧太郎とは別人だと――」
「星田さんと山川とは別人です」
「?――」
「あなた方が誤解していらっしゃるのです。あなた方が山川牧太郎の指紋だと云ってらっしゃるのは、星田
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