んでいるウイラード・シムソンなのだ」
「えッ、シムソン! あいつ[#「あいつ」に傍点]ですか」
 仁科少佐は叫びました。ウイラード・シムソン、彼こそはかねて某国の軍事探偵であると睨《にら》まれていた強《したた》か者でした。少佐は心のうちで、「これは強敵だぞ。だが、身命を賭《と》してかかれば何事かならざんやだ」と云ったのでした。
 皆さんは敵方の間諜をなぜ捕えもせず、又本国へ追い返しもしないで、そっとして置くのかと、お疑いになるでしょう。尤《もっと》もな疑問ですが、たとえ間謀である疑いが十分であっても、これと云う確かな証拠がなければ、どうする事も出来ません。ましてや、相手は外国人ですから、下手な事をすれば直《す》ぐねじ込まれて、国際間に面倒な事が起るのです。
 でも、と皆さんは云われるでしょう、そのシムソンと云う男が、秘密書類を奪《と》った事が確かなら、なぜ家宅捜査をするのと一緒に、縛《しば》ってしまわないかと。
 それも尤もなご質問です。けれども、皆さん、考えて見て下さい。卑《いや》しくも間謀を務めている者、しかもシムソンのように一筋縄《ひとすじなわ》で行かない強か者が、盗んだ書類を身
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