。仁科少佐は残念そうな顔をしましたが、云われるままに椅子にかけました。
 シムソンは少佐の前の肘付椅子《ひじつきいす》にドッカリ腰を下しました。そうして、油断なくピストルを突きつけながら、
「あなた軍人ですね。何しに来ましたか」
「――――」
 少佐は歯を食いしばって答えません。
「答えなくても、私には分っています。あなた、秘密書類|奪《と》りに来たのでしょう」
「――――」
「あなた、口惜《くや》しそうな顔をしていますね。けれども、あなたのやり方は乱暴です。私の邸には電気仕掛の報知器がついています。盗みに入る事はなかなか出来ません。でも、あなたはさすがに日本軍人、勇敢ですね。たった一人でここへ来るとは」
「やかましい」少佐はうるさそうに云いました。「僕は失敗したんだ。何も云う事もないし、聞く事もない。早く好きなようにしろ」
「ハハハハ、日本軍人、勇敢だけではありません。負け惜しみが強いです。ハハハハ」
 シムソンは相手が何も出来ないと見て、まるで猫が捕えた鼠を弄《もてあそ》ぶように云うのでした。
「私、あなたを殺しません。殺すと、後の仕事に差支えます。けれども逃がす事は出来ません。窮屈《きゅうくつ》でも二三日この家にいて下さい。二三日すると、盗んだ書類は無事に仲間に渡せます。仲間のものが国へ持って行きます。ハハハハ」
 シムソンはそう云いながら、机の上の呼鈴《よびりん》を押しました。やがて、扉《ドア》をノックして入って来たのは、背の高い、見るから獰猛《どうもう》な面構《つらがま》えをした外国人でした。
「ソーントン。お客さんを地下室に御案内なさい」
 シムソンは外国語で命令しました。ソーントンと云う部下は黙ってうなずいて、ポケットから大型のピストルを取り出して、仁科少佐に突きつけながら、
「どうぞ、こちらへ」と下手な日本語で云いました。
 少佐は覚悟をきめたと云う風に、悪びれずに立上りました。そうして、ソーントンに送られて、部屋の戸口に歩み寄りますと、シムソンは何と思ったか、急に呼び留《と》めました。
「軍人さん、ちょっとお待ちなさい。あなた折角ここへ来て、直ぐ地下室へ入れられるのは、余り残念でしょう。ここへ来られたお礼です。秘密書類がどこにあるか、教えて上げましょう。お国の大事の大事の書類は、麹町郵便局に留置《とめおき》郵便にして置いてあります。あなた、いい土産話でしょう。感謝しませんか」
 仁科少佐はきっと唇を噛みました。ああ、何たる卑劣漢! 少佐が袋の鼠で、どんな事があっても逃げ出せないと知って、わざと弄《なぶ》る為に、秘密書類のありかを毒々しく云うのです。
「有難う。シムソンさん」少佐は眼を怒りに燃えながらも、言葉は優しく云いました。「それを聞けば私も安心して地下室の牢に行けます。あなたはそんな事を口走ったのを、きっと後悔する時が来るでしょう」
「後悔する? アハハハハ、それはあなたの負惜しみです。あなた、その事を誰に伝えられますか。ハハハハハ。私、決して後悔する事ありません」
 ソーントンは二人の会話がよく分らないらしく、シムソンの言葉が終ると、直ぐピストルを少佐に押しつけて、グイグイと部屋の外に押出しました。

   恐ろしい仕掛

 ソーントンが仁科少佐を地下の牢に連れて行くのを見送っていたシムソンは、暫くすると、急に思い出したようにぎょッとしながら、部屋を出て、仁科少佐が破って飛込んだ窓の傍に行きました。そして、キョロキョロとあたりを眺めて、ホッと安心したように彼の国の言葉で呟《つぶや》きました。
「やはり、あの男一人だ。他には来ないらしい」
 彼はガタガタと音を立てて、どうにか壊れた鎧戸を無理に締める事が出来ました。彼は又元の部屋に戻りました。そうして、肘付椅子の上に腰を下して、机の上の葉巻を取上げて、悠然とくゆらし始めましたが、どう云うものか、何となく気が落着かないのです。盗んだ秘密書類は安全な所に隠してあるし、今飛込んで来た大胆な男は地下の牢に入れたし、別に気にかかる事がある筈《はず》がないのですが、どうも、何事か起りそうな気がして、変に不安なのです。シムソンはキョロキョロと部屋の中を見廻しました。と、彼はアッと云う叫び声を上げて、顔色を変えました。部屋の隅には、いつの間に忍込《しのびこ》んだのか、一人の少年が立っていて、ピストルをじっと向けているではありませんか。
「手を挙げろ」
 少年は叫びました。シムソンは口惜しそうに両手を高く挙げました。少年はシムソンの傍に寄って、彼のポケットからピストルを取上げました。
「貴様はお父さんのはかりごとにかかったんだ。お父さんはわざと知れるように窓を破って、ここへ入ったのだ。貴様達がお父さんに気をとられている暇に、僕はこっそり後から入ったのだ。貴様は今頃になって気
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